17.02.19-27エジプト雑感

 5千年以上前にエジプト人は文字を含む高度な文明を築いた。『長い伝統』を誇るはずの日本が歴史に登場するのは、エジプトが何度かの黄金時代と何度かの衰退期を経て、事実上その命を終えた後だった。紀元後3、4世紀には、その文化も宗教も瀕死の状態にあった。エジプトの神々は東から来た”新興宗教”のイエス・キリストに舞台を譲りつつあった。7世紀にはさらに信仰はイスラム教に主役を奪われ、言葉までがアラビア半島で生まれた、エジプトとなんの関わり合いもないアラビア語に変わった。現在のエジプトには約8500万人が住み、大部分がイスラム教徒であり、約800万人がキリスト教徒の一派、コプト教徒である。中東の国の中では正しく大国である。しかし中東では持てる国(産油国)と持たざる国の格差は歴然だ。しばしば石油が枯渇したらとの議論があるが、『石器時代の終焉は石が枯渇したのではなく、石に代わる鉄が現れたから』である。シェールガスやメタンハイドレードの採掘価格いかんでは産油国の命運も?が付く。その時エジプトは今と変わらないと思う。

古代エジプトの建築で現在まで残っているのは、墓、葬祭殿、神殿など宗教関係の物が中心だ。エジプトの考古学者は多くの墓を発掘してきたが、ほとんどの墓は空っぽだった。1992年にツタンカーメンの墓が見つかって、素晴らしい副葬品が出て来るまでは、エジプトには大掛かりな副葬品を埋める習慣はなかったとの意見もあった。墓泥棒たちの所業の結果だ。しかし、神殿や墓の中には様々なレリーフがあり、当時の様子を物語っている。

ラムセス2世の時代にヒッタイトとの戦争場面を描いたレリーフ 槍を持つヒッタイト兵と戦車で戦うエジプト兵
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 カイロにあるエジプト考古学博物館にはミイラの展示室が2か所あり、ラムセス2世のミイラなど豊富な展示物がある。(写真撮影はNGで係員が見張っている)。ラムセス2世は記録では93歳まで生きたそうだ。当時の平均寿命は40~50歳とのこと。現代人に置き換えれば150歳前後になる。ちょっと想像できない。ミイラをよく見ると歯はそろっているが、摩耗し全体にすり減った感じがする。多分、砂漠のため咀嚼するときに食べ物に砂が多く含まれていたからか。一方、ツタンカーメン王は19歳で亡くなった。ひざを骨折し、それが原因で壊疽になったのが死因といわれている。彼のミイラは少し華奢な感じがした。

笈川博一著の『古代エジプト』を読むとミイラの作り方が出ている。先ず臓腑を全部取り出し、取り出した臓腑は椰子油で洗い清め、その後はさらに香料を磨り潰したもので清め、腹腔に詰め、縫い合わせる。これを天然のソーダに付けて70日が過ぎると遺体を洗い上質の麻布で作った繃帯で全身を包み、その上から膠の代用にしているゴムを塗りつけ、人型に造られた木箱に詰める。以上が高価なミイラの作成方法。中クラスのミイラは、杉から採った油を遺体の腹部一杯に注入する。腹部の切開も臓腑の摘出も行わない。肛門から油が逆流しないように止めてから、所定の日数だけソーダに漬けておき70日目に先に注入した杉の油を腹から流す。そして遺族に渡す。最も財力に乏しい者の場合に用いるミイラの作成方法は、下剤を用いて腸内を洗浄したうえで、70日間ソーダに漬け、その後遺族に引き渡す。
エドフ・ホルス神殿にはミイラつくりに使用したと思われる切開用の鋏、ピンセット、鼻から脳みそをかきだす鉤状の器具などのレリーフがあった。

 エジプト文化と言えば、巨大なピラミッド、スフインクス、神殿群を想起する。しかし、それは中国と同様に文字の文化だといえる。文字が明らかにしてくれるエジプト人たちの精神生活は、ピラミッドは勿論、壮麗なカルナック神殿やアブシンベル神殿などと比較しても色あせない。文字を扱う『書記』の仕事は当時あこがれの仕事であっただろう。書記は胡坐をかいて座り、左手にパピルスの巻物を持ち、それをほぐしながら右手のペンで書いた。書くのはたいてい、右から左である。石に彫り付けた神聖文字は左右どちらからも、たまには上から下にも書けた。神聖文字の場合、読む方向は、人間、動物、鳥などが顔を向けている方向から読見始める。
 パピルスやレリーフの彩色には赤は鉄さび、青はラピスラズリ、緑は緑青、黄色はサフランなどが使われたそうだ。それにしても何千年たっても鮮やかだ。

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 クレーンもブルドーザーもない時代に、巨大な石の建造物を作ったものだと圧倒されるとともに、文字やパピルスの発明による克明な記録にも驚く。どうしてこのような古代の文明国が・・・・今はこの状態?と思わざるを得ない。
      
 エジプトの治安だが、外務省のホームページで確認するとシナイ半島は「レベル3の渡航中止勧告」、カイロとナイル川の流域(ルクソールからアブ・シンベル)を除く地域は「レベル2の不要不急の旅行中止」となっている。従い今回の旅行は「レベル1の十分注意」であった。
1997年にエジプトの著名な観光地であるルクソールにおいて、イスラム原理主義過激派の「イスラム集団」が外国人観光客に対し行った無差別殺傷テロ事件。別名、エジプト外国人観光客襲撃事件。 この事件により日本人10名を含む外国人観光客61名とエジプト人警察官2名の計63名が死亡、85名が負傷した事件があった。観光業が主要な産業のエジプトは現在、非常に神経を使って安全を確保しているように感じた。観光バスは必ずツーリストポリスが自動小銃を携帯して同乗する。街の至る所に警察や軍隊が警備している。従いあまり危険を感じることがなかった。

人の集まるところはドローンを使い警戒、街角では至る所に警官が自動小銃を携行 
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