16.11.28夏目漱石ゆかりの地

 夏目漱石は慶応3年(1867)に生誕し、大正5年(1916)12月9日に永眠。従い来月に没後100年を迎える。そこでNPO法人鎌倉ガイド協会の井上氏とゆかりの地を巡った。

 漱石は明治27年12月23日から1月7日にかけて円覚寺に参禅し、帰源院に止宿している。当時、神経衰弱気味になっていたそうで、親友の菅虎雄の紹介で円覚寺派管長釈宗演の基に参禅したものの大した収穫も得られず下山している。その経験から小説『門』が生まれている。宋助=漱石、一窓庵=帰源院、老師=宗演と読み替えると状況が良くわかる。

円覚寺総門は今が見ごろのモミジが美しい。しかし観光客が多い。
円覚寺1

円覚寺2

円覚寺の文学地図。
円覚寺3

円覚寺境内には帰源院を含め塔頭が多くある。

塔頭の一つ『居士林』と『正伝院』
円覚寺5

円覚寺4

開山堂まで来るとさすがに観光客は少なくなる。紅葉も鮮やかだ。
開山堂

モミジ

 山門のそばにある防水槽には『漱石』の文字を見ることができるが、これは夏目漱石とは無関係。裏を見ると天保二年とある。そもそも漱石とは中国の成語『漱石枕流』から取ったものである。本来は『沈石漱流』とすべきものを間違っても強弁した強情さを意味する。

防火水槽
 
 漱石が止宿した帰源院は円覚寺総門を入り右側に行けばすぐである。帰源院本堂で富澤宋実住職から漱石と帰源院の縁について講和をしていただく。そもそも富澤宋実住職は漱石が帰源院に止宿し円覚寺に参禅した際に食事等の世話をした富澤珪堂住職の孫にあたる人であった。小説『門』でもそれらしきことが記されている。

帰源院山門
帰源院1

帰源院本堂
帰源院2

境内には漱石の俳句(佛性は 白き桔梗に こそあらめ)の歌碑がある
歌碑

 漱石は以前参禅したときの円覚寺の老師宗演を訪ねるため東慶寺に出かけている。東慶寺は元来尼寺で『縁切り寺』として有名であったが、明治時代には男性住職の寺となっていた。『夏目漱石参禅百年記念碑』という石碑と説明文が門前に建っていた。以前はなかったと思うので没後100年を記念して最近建てたのだろう。

『夏目漱石参禅百年記念碑』と『説明文』
東慶寺1

東慶寺2

東慶寺境内の紅葉
東慶寺3

東慶寺4

 今日は半日であったが、NPO法人鎌倉ガイド協会の井上氏と富澤宋実住職のお話しのおかげで、いつもと違い少しはアカデミックな時間を過ごせた。




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No title

紅葉の境内、漱石に似合っていますね。
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