16.09.30台・峯界隈

 連日の夏日と異なり今日は久しぶりに爽やかで秋の感じ。そこで今日のルートは北鎌倉から光照寺を経て北大路魯山人が鎌倉で作陶をした陶房「星岡窯」を見、その後は葛原岡神社、佐助稲荷とした。しかし、残念なことに先日来の雨の影響で陶房「星岡窯」への道は不通となっていた。たまにはこんなこともあるとあきらめる。

 光照寺の山号寺号は「西台寺英月院光照寺」、創建は弘安10年(1287)。山門の欄間にはクルス紋が揚げられ、本堂には隠れキリシタンの燭台が二基ある。また、隠れキリシタンと思われる人物の過去帳も残っているらしい。鎌倉時代のお寺に隠れキリシタンとは、チョット眉唾の感じがしないこともない。

光照寺の山門 こざっぱりしたなかなかいい感じの門
光照寺山門

山門の欄間にあるクルス紋
クルス紋

 光照寺の境内を歩いていると、中国雲南省原産の「地湧金蓮」という珍しい花が咲いていた。花の大きさは30㎝程度で大きく派手だ。別名チャイニーズ・イエロー・バナナとも言うそうだ。この花は春から秋にかけ10か月長期鑑賞ができるそうだ。

地湧金蓮、別名チャイニーズ・イエロー・バナナ
花1

 境内には「おしゃぶき」 (咳の神)さまが祀られている。お参りすると年寄りや子供の咳がおさまると言われている。北鎌倉駅から光照寺に向かう途中の路傍にも「おちゃぶき」さまがあり、こちらも咳の神様だそうで、御利益があり完治するとお茶を備えるという。

境内にある「おしゃぶき」様
おしゃぶき

路傍の「おちゃぶき」様
やちゃぶき

 台からハイキングコースを経ながら葛原岡神社に向かう。途中、視界の開けた高台から円覚寺の仏殿が小さく見えた。北鎌倉界隈は鬱蒼とした木々に覆われているのが良くわかる。

 眺望1

眺望2

 葛原岡神社は比較的新しく創建は明治20年(1887)で祭神は日野俊基である。明治維新後、日野俊基は倒幕の功労者としてその功績を認められた。倒幕と言っても正中元年(1324年、正中の変)と元弘元年(1331)のことである。今はあまり固いことは言わず、なぜか縁結びの神様として人気を博している。境内では絵馬の形が通常の家型ではなく、今風でハートの形をしている。

葛原岡神社の参道
葛岡原神社

今風のハート形の絵馬
絵馬

日野俊基の顕彰碑
顕彰碑

日野俊基の墓 明治時代に新たに作成したものとしては如何にも古い感じがする。どこかで転がっていた五輪塔や宝篋印塔を持ってきてでっち上げたのではないかと思ってしまう。
墓


 佐助稲荷は古代より佐助川の水源に農業神として祀られていた。縁起には伊豆蛭が小島に配流中の頼朝が病に伏した時、翁に姿を借りた「隠里の稲荷」と名乗る神霊があらわれ、挙兵を勧めた。頼朝は託宣に従い旗揚げし、戦功をおさめたといわれている。

佐助稲荷の本殿は非常に小ぶりだ
佐助稲荷本殿

参道には鳥居が並ぶ。まさに鳥居のトンネルだ。
鳥居

境内にある「霊狐泉」。これが古代より農業神として祀られていた佐助川の水源か。いずれにしても、今風に言えば「パワースポット」。
霊狐泉












 

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秋の北鎌倉もいいですね。台風の影響で観れなかったのは残念でしたね。
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2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

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