15.11.13村岡界隈

 今日は朝から少し遠征し、隣の藤沢市に行く。鎌倉幕府開設以前の鎌倉付近は強大な勢力を持った坂東八平氏の祖・村岡五郎平良文の根拠地であった。そして「後三年の役」で勇名を馳せた鎌倉権五郎景正が率いた鎌倉党武士団の根拠地。良文が勧請した御霊神社には権五郎景正が祀られ、村岡城址公園の小舘あたりは当時の武士の館であったのだろう。北条早雲の菩提を弔う天嶽院や良文三代の塚のある二伝寺は玉縄北条氏のゆかりの寺である。晩秋の村岡地域を巡りこれらの旧跡を訪れた。

村岡一族の墓

御霊神社の鳥居
御霊神社入り口


御霊神社の階段、ここを登れば無住の神社本殿がある
本殿

鎌倉古道は平安時代からのもの
鎌倉古道道しるべ

鎌倉古道

【弥勒寺】・・・創建は嘉禄2年(1226)、開基は北条泰時。3代執権北条泰時が、父義時の菩提を弔うために創建。最初は法泉寺と称し禅宗であったが、新田義貞の鎌倉攻めで戦火にあった際、村人が裏山の岩窟に本尊の弥勒菩薩を隠し祀ったと伝えられている。その後、天正元年(1573)に日佑が再建し、宗派を日蓮宗とした。この辺は暖かなのかばなな芭蕉の木と仏手柑が植えられていた。

弥勒寺境内の芭蕉、実をつけている。一見するとバナナのよう
弥勒寺の芭蕉

弥勒寺境内の仏手柑。砂糖漬けにするとうまいそうだ
仏手柑

【天嶽院】・・・創建は明応4年(1495)、開基は北条早雲。国道に面しているが、水戸光圀が建立したという茅葺の山門をくぐると境内は大きくて静寂そのもの。鐘楼の近くを歩いていると突然、鐘の音が。しかし鐘をつく人は見当たらない。よく見ると自動鐘つき装置?によるものであった。荘厳な感じとミスマッチ。

水戸光圀が寄贈した茅葺の山
天嶽院山門

天嶽院山門裏側

本堂に続く参道
天嶽院境内

撞木に取り付けられた自動鐘つき装置
天嶽院鐘楼

【村岡城址公園】・・・延長元年(923)に平良文が東国に下り、相模国村岡郷に居を構えた時に築いた山城。館というより砦がピッタリと思う。権五郎景正の産湯に使用した三日月井戸の石碑があった。今は広い公園でゲートボールに興じる老人や子供と過ごす若いお母さんの憩いの広場。

村岡城址市公園の石碑
村岡公園石碑

三日月井戸の石碑
三日月井戸

【二伝寺】・・・創建は永正2年(1505)、開基は北条氏時。二伝寺のある丘陵は玉縄城を北東に見る位置にある。昔は交通、軍事の要衝。そのため砦が築かれ二伝寺砦と呼ばれたそうだ。裏山の山頂には平良文、忠光、忠通三代の塚があった。

二伝寺の山門
二伝寺

平良文の塚 この他 忠光、忠通の塚がある
良文公石碑












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