16.07.23-08.03蜀(四川省)紀行

 7月27日~8月3日まで中国の四川省に行く。古来より四川省は「蜀」と呼ばれ、蜀に行くことを入蜀といった。わざわざこのような熟語があることは行路に難があったために相違ない。盆地で湿潤な気候のため、曇天が多い。犬も太陽が珍しく、「蜀犬、日に吠ゆ」と言われる。多分、蜀人がいったのではなく他の地域の人がいったのだろう。四川省の面積は485千㎢でスペインの506千千㎢に近い。人口は87百万人である。

 四川省には何度か訪れたが、今回は世界遺産の九寨溝、黄龍、楽山大仏、峨眉山、都江堰が主たる目的として出かけた。

【九寨溝】・・・四川省の省都である成都から約450km北に位置し標高は2000m~3100mである。九寨溝に行く途中に2008年5月12日に発生し、行方不明者を含め約9万人の死者を出した「四川大地震」の震源地、汶川県を通る。現地は渓谷が迫り山崩れが大災害の原因と思われる。



8年経っても現場の復興は遅々として進んでいないようだ。
汶川県1

同じく未完了の工事
汶川県2

未だ道路は完成していない
汶川県3

街道沿いではしたたかな農民は木の実やキノコ、果物を売っている
松藩5

 汶川県から少し北上すると松藩がある。ここは明清時代の城壁に囲まれた街並みを残す「松藩古城」がある。しかし街の中の商店は現代的な土産物店や携帯電話の通信会社等でさながらテーマパークの趣で興ざめである。

松藩古城の入り口
松藩1

松藩を流れる川
松藩2

松藩の街並み
松藩3

市民は将棋に熱中
松藩4

この辺りまで来ると冠雪した山を見ることができる
松藩6

 九寨溝とはチベット族の9つの集落(寨)があった谷という意味だそうだ。そこには100以上の大小の湖沼が連なり、湖底が見通せる澄んだ水、エメラルドグリーン、マリンブルー等、色合いが異なる美しさが特徴だ。当日は天候にも恵まれに日光の強弱で色調が変化する、まさに自然の神秘を感じる。

樹正溝
九寨溝1

真珠灘瀑布
九寨溝2

犀牛海 
九寨溝3

長海(3150m)
九寨溝4

熊猫海
九寨溝5

諾日朗瀑布
九寨溝6


【黄龍】・・・九寨溝で2泊したのち、黄龍に向かう。途中、雪宝頂(5588m)を左に見ながら雪山梁(4007m)の峠を越える。近くの展望台から素晴らしい景色を堪能。しかし富士山より標高が高いので息苦しい。展望台ではチベット族が小動物の干物?を売っていた。何の干物か不明。純白のヤクもいて意味不明な場所だった。腕時計の高度計は3905mを表示していた。

展望台風景
展望台1

展望台にある雪山梁4007mの記念碑
展望台2

同じく雪宝県5588mの表示
展望台3

チベット族が売っている小動物の干物らしきもの
展望台4

腕時計の高度計では3905mの表示
時計

チベット族が記念写真用につないでいるヤク
ヤク

  玉翆山麓の渓谷に黄龍はある。渓谷に沿って大小3000を超す湖沼が棚田状に連なっている。差し込む太陽光線の強弱などにより湖沼は青色や黄緑色に輝く。黄色い石灰岩盤上を下り落ちる水の流れが黄色い龍のように見えたから「黄龍」と名付けられたそうだ。
  黄龍一帯は紀元前1万年頃に地上に出現したと推測されている。長い年月を通して石灰分が溶け込んだ水が流れ続け、次第に水分中の石灰分が枯れ葉や枯れ枝に石灰分が付着し、石灰華となって水をせき止め、さながら棚田の様な光景となった。黄龍は標高が高く入り口でも3100m以上あり、黄龍寺は3500mに達する。従い歩く時は急がず「ゆっくり」を心がける。しかし、当日は、にわかに雷鳴とともに雨が降り出し、少々きつい観光となった。

黄龍の石碑
黄龍1

黄龍の地図
黄龍2

だんだん天候が怪しくなる黄龍の周りの山
黄龍3

登山道の途中にある「酸素バー」
黄龍4

黄龍寺の上にある五彩池
黄龍寺の上にある五彩池

同じく五彩池1

同じく五彩池2

同じく五彩池3

黄龍5

黄龍6

黄龍7

黄龍8

標高3500mの道教のお寺「黄龍寺」
黄龍9


【都江堰】・・・都江堰は成都の北西60kmに位置する。長江上流の最大水量の支川、岷江の中流に位置する古代の水利工事。秦の始皇帝が蜀都の太守「李冰」に命じ造らせた。李冰は民衆を率いて親子二代にわたり完成した。基本的には川上の流れを外江と内江分離し、内江を成都の灌漑用水や生活用水とし、余分な水は外江に流した。内江は深水が深く、外江は深水が浅く幅が広い。干ばつの時は自然に内江に水が流れ、大水の場合は外江に流れる仕組。都江堰を眼前に見ると諸葛孔明と同様にこの土を踏み、周りの風景を見ていると、不思議なことに孔明がつい最近の人の様な気がした。

手前が内江 
都江堰1

李冰親子を祀った「二王廟」
都江堰2

中洲に渡る「安瀾橋」
都江堰3

二王廟にある絵馬の様なもの
都江堰4


【武候祠】・・・武侯祠の「武侯」とは「忠武侯」と諡号された諸葛亮を指し、彼を祀る霊廟を意味する。しかし、後世に「三国志」や「三国志演義」などで、諸葛亮以外の蜀漢の武将や家臣、さらに主君である蜀の先主・劉備や後主・劉禅なども祀っている。このように主君と部下が一つのところで祀られる廟は珍しい。

武候祠入り口
武候祠

劉備玄徳の像
劉備像

劉備玄徳の墓に至る道 京都の嵯峨野に似ている
御墓までの道

劉備の墓は質素でシンプル
劉備の墓







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2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

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