16.06.01伊能忠敬記念館

 千葉県佐原市に出かける。佐原市は江戸時代に霞ケ浦の水運を利用し北総地帯の物流のかなめとして栄え、小江戸とも呼ばれていた。今でも当時の醸造業(酒、醤油、味噌)などが残っている。街並みも運河を中心に江戸、明治の面影を残している。
 また、伊能忠敬の故郷でもあり、「日本地図」誕生の地でもある。今回、「伊能忠敬記念館」を訪れた。忠敬は1745年生まれで、ちょうど私より200年年長だ。佐原の名主・村方後見人を務め、家業では醸造業を営んでいた。49歳の時に家督を息子に譲り隠居。そして50歳で江戸深川に住み、天文方「高橋至時(よしとき)」に入門、天文学や測量技術を学ぶ。余談だが幕末のシーボルト事件で日本地図を外国に渡そうとした高橋親子は処罰され、死罪となっている。またこの件の密告者は間宮林蔵といわれている。
 人生50年と言われた時に、50歳から新しいことを学ぼうとする姿勢には驚く。そして55歳になって東北・北海道南部の第一次測量を実施、その後58歳の第4時測量まで行った。勿論、自費である。そして、59歳の時に正式に幕府に登用され、日本地図の作成に取り掛かる。その後、71歳の第10次測量まで行っている。現代人に置き替えれば、100歳近い年齢ではないかと驚く。
記念館には、彼の死の3年後1821年に弟子たちが完成した「大日本沿海與地全図」(大図214枚縮尺1/36,000、中図8枚同1/216,000、小図3枚同1/432,000)のほか、測量ごとに作った地図や名勝地を描いた物などがある。いずれの地図も現在の実測図と比べて経度については若干の差異があるものの、緯度についてはほとんど差異がなくそん色はない。伊能図や測量器具などが国宝に指定されている。シーボルトなどのヨーロッパ人が、この地図を見て極東の日本はどのような国と見ていたのか興味がある 五月晴れで、久しぶりにアカデミックな一日であった。

佐原の街並み
佐原の街並み

 伊能忠敬旧宅前にある、小野川にかかる橋。もとは江戸時代の前期につくられた佐原村用水を、小野川の東岸から対岸の水田に送るための大樋。300年近く使われ、戦前にコンクリートの橋になってからも橋の下側につけられた大樋を流れる水が、小野川にあふれ落ちて「ジャージャー」と音を立てるので、「じゃあじゃあ橋」の通称で親しまれる。今の橋は観光用につくられたもので、30分ごとに落水。この樋橋の落水は「残したい日本の音風景100選」に選ばれている。
ジャジャ橋

伊能家旧宅
忠敬の旧宅

東薫酒造の工場
東薫酒造


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