16.05.07安国論寺界隈

 今日も日課のように朝から徘徊。材木座の安国論寺に行く。宗祖謂れの深い事跡を競って誇るのは別に日蓮宗に限ったことではない。歴史は遠く、どの寺の言い分が真偽であるかはわからない。日蓮が鎌倉で最初に構えた松葉ヶ谷の草庵は妙法寺、材木座の長勝寺、そしてここ安国論寺も手を挙げている。実際は何が真実か不明だ。
安国論寺には御草庵、日蓮に仕えた熊王丸を祀る熊王大善神尊殿がある。そこから山の方に登れば日蓮が「立正安国論」を起草したという「御法窟」の岩屋がある。さらに少し上の富士見台に立てば、晴れた日には稲村ケ崎越しに富士山を見ることができるという。残念ながら天候の加減で富士山は見えなかった。
本堂裏にある墓地を歩くと、偶然「土光」という墓標が目についた。墓誌を確認すると元経団連会長で東芝の社長、会長を務めた土光敏夫とあった。今の東芝の体たらくを考えれば、きっと草葉の陰で嘆いていると思う。

安国論寺の山門 9時開門のため到着した時は少し早くて閉門中 寺男の人が清掃中
安国論寺山門

日蓮が鎌倉で最初に構えた松葉ヶ谷草庵の石碑
草庵の石碑

日蓮が「立正安国論」を執筆した南面窟
御法窟

御法窟に至る山道
御法窟に至る山道

安国論寺の富士見台からの眺め
富士見台

境内にあるガンダーラ風の仏像
ガンダーラ

境内の梅の木は実がなっていた、その向こうにはウツギの花が満開
梅とウツギ

境内にある正岡子規の句碑 「鎌倉の松葉か谷道の辺に法を説きたる日蓮大菩薩」(子規)
正岡子規

土光家の墓標
土光家

 安国論寺からすぐ近くに上行寺がある、道に面していて、手作りと思われる看板や貼札の多いにぎやかな寺と思ったら、それは境内の西角に鎮座する瘡守稲荷神社で、当社は癌除けに効験があるという。肝心の上行寺であるが、1313年(正和2年)の創建となっていた。山門の裏側の欄干は左甚五郎作「除災の龍」と表示されていた。如何にも手作りの説明書でほほえましく感じるが、本物か疑わしい気になる。全体に鎌倉にはそぐわない気がする。

上行寺と思っていたら実は瘡守稲荷神社
道路越しに瘡守稲荷神社

瘡守稲荷神社の本殿
瘡守稲荷神社

上行寺本殿
上行寺

上行寺山門
山門

山門欄干の彫刻
山門の彫刻

 上行寺の前に別願寺がある、ガイドブックによると立木仕立ての藤が見応えがあると書かれていたのでついでに立ち寄ってみたが、残念ながら藤はすでに終わっていた。寺の入り口には「フラダンス教えます」と看板があり親しみやすい感じのする寺であった。境内には鎌倉最大級の供養塔があり、これは室町幕府に対して永享の乱を起こした第4代鎌倉公方、足利持氏のもの。持氏の怒りを鎮めるために鳥居の浮き彫りが施されている。ほとんどの供養塔は梵字がかかれていると思うが、鳥居の浮彫は初めてお目にかかった。

鳥居の浮彫のある供養塔
供養塔









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2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

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