16.05.05江の島界隈

 ゴールデンウイーク最後の休日で天候も申し分なし。久しぶりに江の島に出かけてみる。いつものコースでなく、奥の院や稚児ヶ淵へ行く。風がきつく波浪注意報でも出ているのかヨットハーバーは出廷禁止のようだった。しかし帰路につく頃には禁止が解除されたのか、ヨットの出廷を見かけた。

江の島の石碑
江の島石碑

風と波に流されるカヌー風と波に流されるカヌー

 江の島神社の中津宮は八坂神社の瑞心門の東側を少し登ったところにある。江戸歌舞伎の中村座、市村座から寄進された石灯籠などがあり、当時の江ノ島詣での盛況さがわかる気がする。

中津宮の朱色は鮮やか
中津宮

中津宮を登り切ると海が見える
山から見た海

 中津宮をさらに登り切ると、奥津宮の入り口がある。ここの鳥居は頼朝が寄進したものと伝えられている。そばには重さ八十貫(320kg)の力石がある。これは江戸時代日本一の力持ちの卯之助が奉納したものといわれている。

伝頼朝寄進の鳥居
頼朝寄進の鳥居

奥津宮社殿
奥津宮1
奥津宮2

力石
力石

 奥津宮を過ぎて左に行けば「龍恋の鐘」というものがある。この鐘は江の島縁起「天女と五頭龍伝説」の恋物語にちなんで建てられたものだそうだ。なんとなく若者に迎合した商業主義を感じる。五頭龍は手広の地で子供をさらっては食べていたが、江の島の天女(弁財天)に恋をし、改心したそうだ。子供をさらって食べたという伝説で「子死越え」が地名の腰越となったという。

「龍恋の鐘」 は海を眺めながら恋人同士が鐘を鳴らす。アホラシ・・・・・
龍恋の鐘

「龍恋の鐘」のそばにある柵に恋人同士が鍵を取り付ける。パリのセーヌ川にかかる橋のパクリか・・・「お知らせ」としてこの鍵(南京錠)は毎年撤去するとのこと、ただし恋人同士の恋が成就するように江の島神社にて祈祷するとのこと
鍵


 ここからさらに下に降りると「稚児ヶ淵」の海岸に出る。鎌倉相承院の稚児白菊と建長寺広徳院の自休蔵主との悲恋物語が残る稚児ヶ淵は幅50mにわたり隆起した波食台地は壮観だ。特に日没のころにここから望む富士は「かながわ景勝50選」の一つ。ここには松尾芭蕉の句碑 「疑ふな 潮の花も 浦の春」がある。これは二見が浦で歌った句なのに・・・・

芭蕉の句碑で「潮噴きの碑」といわれている。真ん中の自然石がその句碑
芭蕉の句碑

岩にあたる波は荒々しい、さながら東映のオープニングシーンのようだ
岩と波1
岩と波2

 杉山検校、本名杉山和一という江戸時代の鍼師は五代将軍徳川綱吉の病気を治して関東総検校の地位を獲得した。その時使った管鍼術は江の島弁財天から授かったと伝えられている。もともと江の島信仰のあつかった和一は江の島詣での際に、石に躓き転んだ時に偶然拾った竹筒に松葉が入っていたことから管鍼術を考案したといわれている。また、彼は鍼・按摩技術の取得教育を主眼とした世界初の視覚障害者教育施設とされる「杉山流鍼治導引稽古所」を開設した。彼の墓は江の島神社のそばの海に面したところにある。彼は全部で48基の江の島弁才天道標を江の島道沿いに建てたといわれており、腰越行政センターの前にもある。

杉山検校の墓杉山検校の墓1
杉山検校の墓2

腰越行政センターの玄関前にある「江の島弁財天道標」
江の島道標


コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Whitedevil

Author:Whitedevil
FC2ブログへようこそ!
2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる