16.03.17鎌倉十井

 前回は鎌倉十橋を訪れたが、今回は鎌倉十井に挑戦。今回も前回と同様に2日がかりであった。鎌倉十井とは以下の井戸である。泉の井、扇の井、甘露の井、鐵の井、底脱の井、銚子の井、瓶の井、星の井、棟立ての井、六角の井である。

【泉の井】・・・扇が谷にある浄光明寺の門前を東北方向に100mほど行ったところにこの井戸がある。井戸には綺麗な水が溜まっていたので、現在も一応湧き続けているみたいだ。鎌倉の谷戸は地形的に湧水が多い。浄光明寺の正式名称は「真言宗 準別格本山 泉湧寺派 泉谷山 浄光明寺」となっていた。泉の井にふさわしい名と感じた。

泉の井 石碑
泉の井 石碑
泉の井 アメンボが泳いでいた
泉の井
浄光明寺の山門
浄光明寺

【扇の井】・・・岩舟地蔵堂から鎌倉寄りに10mほど戻り、路地を左に入ったところにこの井戸がある。個人の敷地内にあるため近づけない。近くを通りかかった人に聞いてみると井戸は現役でポンプまでついている。ここも谷戸の地形でやぐらまである。個人宅に侵入しないようにしながらガレージ越しに写真を撮る。ポンプの前に「扇の井」の石碑が見える。
扇の井 井戸のポンプも現役で活躍

扇の井

【甘露の井】・・・北鎌倉の浄智寺境内への入口に池があり、小さな石橋が架けられている。石橋の左にある池の奥に、 竹の筧より水が流れており、その上に竹で組んだ蓋のある井戸がある。「鎌倉十井の一 甘露の井」と書かれた苔むした石柱が左に立っている。この井戸の水は蜜の様に甘く、不老不死の効果もあったと言われているそうだが・・・

甘露の井 草生した石碑
甘露の井 説明文
甘露の井
甘露の井

【鐵の井(くろがねの井)】・・・人混みで溢れかえる小町通りを北上するとやがて宝戒寺から三ノ鳥居前を通る道、所謂横大路との交差点のその角にあるのが鐵の井がある。傍らの石碑には、「この井戸の水質は清らかで美味しく、真夏でも井戸の水が涸れることはなかった。 昔、この井戸から高さ5尺(1.5m)余りの鉄観音(くろがねかんのん)の首を掘り出したことから、この井戸を鉄の井(くろがねのい)と名付けたと記されている。

鐵の井
鐵の井
鐵の井 石碑
鐵の井 説明石碑
鐵の井 説明文
鐵の井 説明文

【底脱の井(そこぬけの井)】・・・海蔵寺山門の手前右側に小さな泉があり、傍らの石碑に「底脱の井」と期されている。その脇には、文字が薄くなり見にくいが、中世の武将安達泰盛の娘がここに水を汲みに来た時に水桶の底がすっぽり抜けて、「千代能がいただく桶の底ぬけて、水もたまらねは月もやどらず 如大前尼」と歌を詠んだため「底脱の井」といわれるようになった。と刻まれている石碑がある。井戸の底でなく心の底が抜けて、わだかまりが解け、悟りが開けたという投機(解脱)の歌であるそうだ。解説がなければわからない話。

海蔵寺門前の底脱の井 
底脱の井

【銚子の井】・・・長勝寺の東方にあり、日連の供水(こいみず)と云う、寺伝には日蓮乞水と唱えるといえども、この井戸は近くにある同名の小井あるのを、混じ誤れるならん。新編鎌倉志には、長勝寺の境内に、岩を穿ちし井あり、石井と号す。鎌倉十井の一と記す。この井の事か。今は詳らならず。と書いている。実際、探してみるとよくわからない。土地の人に聞いてみると美容院のすぐ傍とのこと。やっと見つける。今は石碑が残るのみ。

銚子の井 石碑
銚子の井

【瓶の井(つるべの井)】・・・紫陽花寺として有名な明月院の開山堂の横にある。岩盤を垂直に堀り貫いて造ったとみられ、その内部が水瓶のようにふくらみがある事から『瓶ノ井』とも呼ばれ、鎌倉十井の中でも現在使用できる井戸としては数少ない貴重な存在である。

瓶の井 説明書
瓶の井 説明書
瓶の井
瓶の井

【星の井】・・・極楽寺切通ののぼり口に虚空蔵堂(こくうぞうどう)が一段と高いところに鎮座している。そのお堂の手前の道の脇に井戸があります。この井戸が「星月夜の井」(ほしずきよるのい)または「星の井」あるいは「星月の井」とも云われている。 新編鎌倉志に次のように述べている。「昔はこの井戸の中に、昼でも星の影が見えたのでこの名が付けられた。ある日、近所の人が誤って包丁を井戸の中に落としたので、このとき以来星影が見えなくなった。」と記されている。後ろの立札には、奈良時代の名僧行基がこの井戸で光る石を見つけ、これは虚空蔵菩薩の化身だと思い、堂を建てて祀った伝説があると書いてある。また、清らかで美味だったので昭和の初期まで旅人に飲料水として販売していたとも記されている。

星の井 説明石碑
星の井 説明石碑
星の井
星の井

【棟立ての井】・・・覚園寺の境内の薬師堂裏の山際に棟立の井(むねたての井)があったそうだ。井戸の形が家の棟の形をしていることからこの名がついたといわれている。また、屋根の形から破風の井(はふうの井)とも言われている。昭和36年(1961)に山崩れのために土中に埋もれてしまって、現在は確認できない。従い、立ち寄らず。

【六角の井】・・・光明寺から逗子マリーナへと続く道を進んで行くと国道134号の下を潜った先にトンネルがあり、のトンネル手前に右に入って行く小道がある。さらに進んで行くと六角ノ井に到着する。海の目の前にある井戸だ、水はしょっぱくないのか?とか考えてしまう。立札の説明には、井戸端は八角あり、そのうちの六角が鎌倉分、二角が小坪分といわれている。別名『矢の根井戸』ともいい、源為朝が伊豆大島から射た矢がこの井戸に落ち、やじりが残ったところからこの名がついたといわれている。かつては井戸替えの際に、やじりを入れる竹筒を取り替えていたが、これを怠った年は悪い病がはやったと伝えている。やじりは、今も竹筒に封じて井戸の中段に祀ってあるそうだ。

六角の井 石碑
六角の井 石碑
六角の井 井戸小屋
六角の井 小屋
六角の井 井戸小屋の中の井戸
六角の井 井戸

【番外編】・・・今回は「棟立ての井」が山崩れで確認できなかったので、「十六の井」を加えたい。海蔵寺には「底脱の井」があるが、この井戸も同じ海蔵寺の敷地にある。仏殿の裏のトンネルをくぐると岩窟があって、その中に丸く掘られた穴が縦横4つずつ並んでいる。岩窟内部正面の壁面には、観音菩薩像が安置されている。 この像は、文政6年(1446)に安置された石像といわれ、その以前までは青銅製の観音菩薩像が安置されていたという。観音菩薩像の下に置かれているのは弘法大師像。観音像左の壁面には、嘉元4年(1306)の銘が入った阿弥陀三尊来迎図を刻んだ板碑がはめ込まれていた。16の穴について、『扇谷山海蔵略寺縁起』には、開山が観世音菩薩のお告げによって井戸を掘り出し、その時に観音菩薩像も出てきたと伝えている。一方で、弘法大師が掘ったもので、仏に奉納する水を汲んだ井戸であるとする伝説も残されている。また、学者の中には納骨穴ではないかという説もある。謎の多い井戸で、詳しいことは解明されていない。

十六の井に向かう矢印
十六の井に行く矢印
十六の井があるやぐら
十六の井 やぐら
やぐら内の十六の井
やぐら内の十六の井 





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2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

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