鎌倉山界隈

 灯台下暗し、あまり興味がなかった自宅近くの鎌倉山を見直してみる。そもそも鎌倉山とは石碑によると鎌倉山開発の経緯が記されている。鎌倉山は、ドイツ人マイスナーの助言をもとに、わが国最初の丘陵式住宅地として造成され、昭和3年に分譲が始まった。同年8月には、大船と江の島を結ぶ世界初(殆どの人は知らないと思う)の有料自動車道が開通した。どの程度の交通量があったかは不明。当地周辺一帯は眺めの良い場所で、「散歩するのによい鎌倉の山道」を略して「鎌倉山」と命名されたという。春は桜の名所として知られる。

鎌倉山ロータリーの石柱
鎌倉山ロータリーの石柱
鎌倉山の記
鎌倉山の記

 鎌倉山ロータリーから少し山側に登ると佐々木信綱の歌碑がある。佐々木信綱とは不勉強でどのような人か知らなかったが、ネットで調べてみると、万葉集の研究家であり歌人で国文学者である。全く同姓同名の鎌倉時代の武将もいたことがわかったが、この歌碑とは無関係と思う。

佐々木信綱の歌碑
佐々木信綱の歌碑

 鎌倉山の石碑からすぐに「夫婦池公園」の入り口がある。池の小魚を食べるカワセミやアオサギなど、色々な野鳥を見ることのできる観察スポットだ。小鳥でない大きな鳥が木に止まっていたが、名前はわからない。公園の奥には戦争中に作られた巨大な防空壕があったが、崩落の恐れがあるので立ち入り禁止。

夫婦池公園
夫婦池
名前のわからない渡り鳥
渡り鳥

 夫婦池から少し下ると「三島神社」がある、ここは笛田地区の鎮守で樹木に囲まれて建っている。ここも道からは急な階段を登る必要がある。無人の社である。祭神は大山祇神。

三島神社参道
三島神社の参道
三島神社社殿
三島神社社殿

 三島神社から少し下った所に日蓮宗のお寺「仏行寺」がある。ここには源太塚があり、梶原景時の子景季の片腕が葬られていると伝えられている。源太塚へは墓地の横の200段程度の階段を登る必要がある。登りつめると笛田の谷戸が一望できる。お寺はその山を借景に見事な庭があり、ツツジのシーズンは一見の価値がありそうだ。 

仏行寺山門  本殿は修復中
仏行寺山門
源太塚
源太塚
源太塚に至る山道
源太塚への道
仏行寺庭園
仏行寺庭園
 
 仏行寺から10分ほど下ると深沢小学校がある。校舎裏庭にやぐらがあり、梶原景時とその一族の墓とされる五輪塔四基がある。景時は石橋山の合戦で平家方の総大将大庭景親について、頼朝を椙山に追い詰めた。しかし密かに頼朝に傾倒していたので、杉の穴の中に頼朝が潜んでいるのを知りながら、「何もない、有るのは蜘蛛の巣ばかり」と言って、景親から匿った。そのため、後に源氏に従うと頼朝に重用された。景時は政治の才にたけ、頼朝の懐刀として千葉介広常の謀殺・義経の失脚など良くも悪しくも大きな役割をはたした。景時は讒言など多く暗い印象で好きになれない男だ。現場を見学するために事前に小学校に連絡し教頭先生の許可を取って校内に入り写真を撮った。

梶原景時と一族の五輪塔
梶原景時と一族の五輪塔

 深沢小学校の隣には「御霊神社」がある。私の知る限り御霊神社と称する神社は鎌倉地区には、ここ以外二社(藤沢村岡、坂の下)ある。いずれも鎌倉権五郎景政を祀っている。ここは梶原影時が建立し、御霊社としたことがはじまりとか。「梶原御霊神社」と刻字された石柱から長い参道が続き、さらに石段の奥に社殿があった。鎌倉は三方山に囲まれているため、神社は何処も石段を登る必要がある。

御霊神社の参道
御霊神社の参道
御霊神社の社殿
御霊神社階段

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2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

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