19.08.20-09.07中国新疆・中央アジア 番外編

中国と中央アジアを隔てる天山山脈
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8月20日から9月7日にかけて中国新疆から中央アジアの国々を旅して特に感じたことを箇条書にした。

新疆ウイグル自治区について

・新疆ウイグル自治区の人口は、約2500万人。うちウイグル人は835万人。今年の7月16日のNHK国際ニュースの報道では、米国国務省の報告でウイグル人が80万人~200万人が政府により隔離され収容所(職業教育施設?)に入れられていると。そもそも『ウイグル』という言葉は現地語で、『連合・団結』という意味らしい。

・「市場があれば国家はいらない」と書いたのは藤原信也(全東洋街道)だが、これはアジアの市場が発散するエネルギーを文字にしたものだ。昨年訪れた新疆のバザールの入り口は立派なイスラム風の門がある。しかし中央のゲートは閉められている。通用口の様な入口から入ると、空港にあるようなX線検査機が置かれていて、手荷物をベルトコンベアーに載せ、その横の金属探知ゲートをくぐる。ベルトのバックルや靴にも金属が使われており、当然反応する。前で待機しているウイグル人の公安の前で両手を挙げてボディーチェックを受ける。その先で身分証明書を提示する。ウイグル人リーダーに身分証明書をかざすと、横にあるモニターに小生の顔が映し出される。その顔と本人を別の公安がチェックするシステムだ。パスポートを渡すと顔写真の照合で終わらず、公安はスマホを手にし、小生の顔を撮った。こうしてやっとバザールの中に入れる。セキュリティチェックが終わる。自然に「ふぅーッ」とため息が出る。ウイグル人がタマネギやジャガイモ一つ買うにもこのようなチェックを受けることになる。

昨春、訪れた市場入り口のセキュリティチェック
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・バザールの入り口付近に黒いヘルメットが目に留まる。その横には黒い金属製の盾があり、『防暴』という文字が記されている。公安が店一軒一軒に配置している。つまり中国政府の弾圧に反発するウイグル人のデモやテロが起きた場合、店の主人やスタッフが鎮圧の向かうための道具である。これは中国政府に対する「踏み絵」なのかもしれない。『防暴』を受け入れなければウイグル人の過激派を支持したことになるのかもしれない。そうなれば店は閉鎖されるだろう。テロを想定した鉄パイプを突く訓練があるようだが、テロに対して何の意味があるのか疑問だ。なんとなく日本の戦中に竹槍訓練を無理やりやらせた、在郷軍人を連想させる。

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・バザールや空港だけではない。レストランやホテルも例外ではなくセキュリティチェックがある。しかし、旅行者に対するチェックはおざなりな感じがする。

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・新疆ウイグル自治区は中国の民族問題の火薬庫である。2009年7月5日に新疆ウイグル自治区のウルムチで大規模な騒乱が起きた。漢民族とウイグル人の軋轢は大きい。また、2014年3月に雲南省昆明市の駅前でウイグル人が漢人を襲撃し29名の死者を出すテロ事件が発生した。

・アイヌが同化された歴史は、ウイグルと似ているかもしれない。1990年以降、中国の改革開放路線が本格化したころから漢人の経済進出進み始めた。この新しく進出してきた漢人は現地の習慣や宗教を無視し、見下し、権力をにぎった。

・中国政府は少数民族の絶滅を推進しているわけではないが、「アメ」と「ムチ」と思われる方法で支配。「アメ」は教育支援政策や貧困対策の政策推進。しかし、中華民族の価値観を一方的に押し付けているのも事実だ。「ムチ」は抵抗するものには厳罰が処せられる。

・中国政府は民族運動に警戒を強め、ウイグル人の政治エリートや知識人の拘束を進めた。1999年には、後に『世界ウイグル会議』の総裁に就任するラビア・カーディルも逮捕された。彼女はその後6年間にわたり投獄された。中国にかかわりのあるダライ・ラマはノーベル平和賞を受賞したが、ラビア・カーデルも一時、候補に上がった。

・ウイグル人への国外の支援者はトルコとドイツ以外は日本だ。日本の場合は単純にウイグル人の人権のためということではなく、反中国という一点から一部の右翼勢力や新宗教団体に利用されている。そのため、何も知らないラビア・カーディルを靖国神社に連れ出し参拝させている。これは中国にとって、日本の右翼⇒軍国主義者・侵略主義者⇒アジアの敵 国家分裂主義者という分かりやすい構図になるだろう。そしてウイグル人の民族運動をテロリストという理由で弾圧の口実を与えている。

・中国のIT技術の発展の下で新疆は大量の監視カメラが配置され、顔認証機能による監視が行われている。2014年当時は大学生や公務員だけが禁じられていたモスクでの礼拝も、今は全ウイグル人が禁じられているようだ。自宅でのコーランの所持すら許されず年配層を除けば髭を生やしたり、ウイグル帽をかぶることすらままならなくなっている。新疆の域内にある『再教育』を名目にした収容所では100万人規模のウイグル人が拘束されていると報じられている。

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中央アジアについて

・中央アジアの国々は、旧ソ連時代は身も心もロシア化された。しかし、91年のソ連崩壊を機に「独立」を強いられた。ロシア系銀行の中には、預金を払い戻さない銀行もあったそうだ。中央アジアの人々は国ぐるみの詐欺にあったようなものだ。例えが悪いが結婚詐欺師が女性にたっぷり貢がせたのち振ってしまったようなものだ。

・1370年にチムールがトランスオクシアナ全域を制圧し、サマルカンドを中心に帝国を打ち立てた。彼はイラン、トルコ、アフガニスタンを征服し、中国侵攻を目前に1405年死亡。ウズベキスタンはチムールを建国の英雄と見なしているが、彼はウズベク人ではなく、また、ソ連の正史でも否定的に扱われている。チムールの銅像にはモンゴロイドを感じない。

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・中央アジアの政治文化は、強大な権力の崇拝、地域と縁故と一族を基盤とした部族主義・派閥主義である。

・中央アジアではロシア語は今でも1970年以前に生まれた世代の地域言語である。しかし、衰退の途上にある。エリート層の子女向けの新設校では英語が優先的に教えられている。看板を見てもロシアのキリル文字からローマ字表記に代わりつつある。新興国が自らの言語を使うことによりナショナリズムでまとまろうとしている感じがする。

・タジキスタンは92年に内戦が勃発したため、強大な中央政権の出現を見ることがなかった。タジキスタンは99年9月にサーマーン帝国一千年記念行事を挙行した。タジク人のナショナリズムはペルシャ語が中央アジアの文語であった時代を偲び、ペルシャ語話者の町であったサマルカンドとブハラがソ連によってウズベキスタン領とされたことを慨嘆する心情の上に立つ。タジク人は歴史の上でもウズベク人に負けてしまったという感情を抱いている。旅行中、サマルカンドのガイドは自らのアイデンティティをウズベク人と言わずタジク人と称していた。

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・玄奘は中国の長安からインドのブッダガヤ周辺にあった仏教の中心地まで3年の年月をかけた旅だ。玄奘の旅で難しいのは1400年近くの旅ということ。日本で言うと聖徳太子の時代のこと。彼が通過した国は、今は存在しない。帰路はインドのガヤからパキスタンのイスラマバードを北上しクンジュラーブ峠を越えて中国に至った。

・旅行中の昼食は道に沿った食堂で済ますことが多い。皿にはドーンと羊肉の串焼きが盛られる肉食系だ。70歳を過ぎた胃には少々きつい、できる料理はこれしかないようだ。骨付き羊肉を食らいつく姿は漫画のギャートルズそのもの。食べているうちに草食系の自分が、だんだん気性が荒々しくなるような感じがする。






















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2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

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