16.06.07-14シベリア鉄道旅日記・その2

6月7日(金) 時差調整-1時間(日本とは-2時間)
 8時発の列車で16時20分イルクーツクに到着。ウラジオストックからは4104km。
イルクーツクはシベリアの文化・公共の中心地だ。モスクワ文化の影響か『シベリアのパリ』と呼ばれる。ウラン・ウデを出発し、およそ2時間後に、車窓からバイカル湖が見える。200km以上、3時間近く湖畔に沿って走る。

3時間近く車窓から見たバイカル湖
DSC_6939 (800x533)

DSC_6914 (800x533)

DSC_6918 (800x533)

DSC_6933 (800x533)

イルクーツク駅
DSC_6948 (2) (800x533)

DSC_6949 (2) (800x533)

DSC_6950 (800x533)


  イルクーツクと日本の関わりは、18世紀(天明2年=1782)伊勢から江戸に向かう途中の商船「神昌丸」が暴風により遭難。船頭の大黒屋光太夫ら数名がアリューシャンに漂着。光太夫らはその後、ロシア人に助けられカムチャッカ、オホーツク、ヤクーツクを経てイルクーツクにやってくる。光太夫ら3人は露都ペテルスブルクはじめ各地を見聞し、寛政4年(1792)日本に帰るが。新蔵と庄藏の二人はそのままイルクーツクに残り、ロシア正教に帰依した。二人はロシアに最初に帰化した日本人である。また、ロシア革命後のシベリア出兵時には日本軍進駐の最前線にもなった。第二次大戦後は日本人抑留者の収容所が設けられ、数多くの抑留者が強制労働に従事させられた。

 バガヤベリンスキー聖堂はイルクーツクで最も古い建造物の一つ、その建造年代は1692年。一見目立たない教会だが、中はロシアらしい独特の壁画が存在する。
DSC_6953 (2) (533x800)

 スパスカヤ教会は18世紀にできた、ロシア正教の教会。白壁と緑色のドームのコントラストが美しい。正面には戦没者を祀った永遠の火がとされている。
DSC_6957 (533x800)

DSC_6959 (533x800)

 アンガラ川沿いには美しい町並みがある。また、イルクーツクは日本と関りが深く金沢市と姉妹都市でもある。
DSC_6964 (800x533)

DSC_6963 (800x533)

DSC_6952 (800x533)

『金沢通り』という通りがある 
DSC_6971 (800x533)

兼六園の『ことじ灯篭』のレプリカ
DSC_6970 (800x533)

大黒屋光太夫の顕彰碑
DSC_6973 (800x533)

DSC_6975 (800x533)

 ロシアや中国では軍事的なものが多く展示されている。国威発揚のためなのか、街中でごく普通の建物のそばに戦車やミサイルがあった。日本では到底考えられない光景だ。
DSC_6984 (800x533)

DSC_6987 (800x533)

DSC_6989 (533x800)



6月8日(土) 時差調整-1時間(日本とは-3時間)
 午前中はバイカル湖観光。バイカル湖は先住民の言葉で『豊かな海』意味するそうだ。バイカル湖は深海が陸封され淡水化した。湖となってから2500万年たつ最古の湖。ロシアの世界遺産であり、水量は地球上の淡水の約20%を占める。面積は3万1500㎢、琵琶湖の50倍程度。最深部は1680m、透明度は約40m、淡水湖では世界1、2を争う。

 バイカル湖博物館は、1階は水族館、2階は地学、生物学、生態学の展示が充実している。ロシア語が読めた方が何倍も楽しめると思う。ただ展示の仕方や設備は古く、水族館は日本と比べるとガラス(樹脂)の部分が小さく貧弱に感じる。

魚のように見えるが、バイカル湖に生息するアザラシ(ネルパ)
DSC_6999 (800x533)

 バイカル湖博物館の近くのチェルスカイ山はロシア連邦イルクーツク州にある山。ハマル=ダバン山系のコマル山脈に属す。山名はシベリア探検家ヤン・チェルスキーに因む。友人とバイカル湖をバックに個別に記念撮影。
DSC_7025 (800x533)

DSC_7026 (800x533)

山頂からバイカル湖を望む
DSC_7023 (800x533)

DSC_7024 (800x533)

山頂付近には残雪が
DSC_7030 (800x533)

バイカル湖の観光はこのチッポケな船で行く。湖上は風もあり非常に寒かった。シベリアを体感。近くの湖畔に上陸しシベリア鉄道の支線を見学。
DSC_7000 (800x533)

シベリア鉄道の視線にある蒸気機関車と客車
DSC_7013 (800x533)

DSC_7014 (800x533)

民家なのか小屋なのかわからないが・・・
DSC_7009 (800x533)

 湖畔近くにあったシベリア抑留者の日本人墓地。小生の友人の義父もシベリア抑留経験者なので他人事とは思えない。
DSC_7036 (800x533)

DSC_7034 (533x800)

DSC_7032 (800x533)

 夕刻の16時過ぎにイルクーツクから1850km先のノボシビリスクに向かう。(ウラジオストックから5194km)。夕食は食堂車で済ます。駅の待合室は意外と立派だ。

駅待合室
DSC_7041 (800x533)

DSC_7042 (800x533)

食堂車
DSC_6812 (800x533)

夜の10時頃に夕日が沈む
DSC_6820 (800x533)


6月9日(日)
 シベリア鉄道での食事は初乗りの場合はランチボックスの様なものを提供される。しかし、原則は各自が自分の好みで手当てする。庶民は経済原則に従い食堂車や車内販売を敬遠し、駅の構外の露店やキオスク,コンビニで調達することとなる。

乗客の食事用に販売する露店のオバサンやおじさん
DSC_6804 (800x533)

DSC_6807 (800x533)

日本から持参のインスタント食品。結構役に立った。
DSC_7044 (800x533)

途中、クラスノヤルスクに停車したので、近くのキオスクで食料を買い込む。
DSC_7169 (800x533)

DSC_7168 (800x533)

 クラスノヤルスクでエニセイ川にかかる鉄橋を渡る。
DSC_7047 (800x533)

DSC_7061 (800x533)


 ノボシビリスクには夜の19時39分着。ノボシビリスクはロシアのほぼ中心部に位置する。1893年にオビ川にかける鉄橋工事のために、この町は造られた。そして1925年に『新しいシベリアの町』を意味するノボシビリスクと名付けられた。
 オビ川に造られた人造の貯水湖のそばには茨城県の筑波研究都市のモデルとなった科学研究都市アカデミーガラドクが建設され、シベリアの科学・文化の中心となっている。ここは札幌市と姉妹都市でもある。

ノボシビリスクの駅舎
DSC_7060 (800x533)

DSC_7062 (800x533)


6月10日(月) 時差調整-1時間(日本とは-4時間)
 ノボシビリスクを1日観光する。

駅前に建つレーニン像
DSC_7070 (2) (800x533)

駅前で見かけた日本の中古車
DSC_7064 (800x533)

西シベリア鉄道歴史博物館は、シベリア鉄道建設の歴史などを詳しく紹介した博物館
DSC_7076 (800x533)

DSC_7078 (800x533)

 ニコライ礼拝堂は街の中心地に建っている。ロマノフ家300年記念に建てられた。ノボシビリスク市制100年記念に際し、1993年に再建された。

ニコライ礼拝堂 
DSC_7080 (800x533)

アレキサンドルネフスキー寺院
DSC_7083 (3) (800x533)

DSC_7088 (533x800)

DSC_7085 (533x800)

銅像はロマノフ王朝最後の皇帝ニコライとその息子
DSC_7089 (533x800)

 20時20分にノボシビリスク駅から3303km先のモスクワを目指す。
 
ノボシビリスク駅
DSC_7068 (800x533)

DSC_7103 (800x533)

DSC_7100 (800x533)

DSC_7098 (800x533)

ノボシビリスクを過ぎるとオビ川の鉄橋を通過する。さすがに大きな川だ。
DSC_7093 (800x533)

DSC_7096 (800x533)


6月11日(火) 時差調整-1時間(日本とは-5時間)
 ノボシビリスクからの途中はパラディンスカヤ平原が600kmに渡り広がっている。風景は相も変わらずシベリアだ。シベリア鉄道の車窓風景は何時間も変化がないが、一方日本の車窓風景はまるで箱庭を見ている感じだ。やはり、ロシアは巨大な国土を持つ国と実感する。

石油基地が近くにあるのかローリー貨車を多く見かける
DSC_7121 (2) (800x533)

 途中駅のエカテリンブルクで一時停車。駅舎の破風の表示は、左からヨーロッパ・エカテリンブルグ・アジアとなっている。ユーラシア大陸の中心という意味か。
DSC_7130 (800x533)

DSC_7130 (2) (800x534)

DSC_7119 (533x800)

DSC_7118 (800x533)

 シベリア鉄道の線路わきにはキロポストという標識がある。それはモスクワからの距離が表示されている。1km単位で表示があり、更に100mごとに1~10の数字が表示されている。このキロポストは列車の窓から眺めると一瞬のうちに遠ざかってしまう。動体視力が必要だ。モスクワから1777KM地点にこの『オベリスク』がある。ウラル地方の中心地エカテリンブルクを越えると『ヨーロッパ・アジア・オベリスク』が見えて来る。塔の西側表面は『ヨーロッパ』、東側表面は『アジア』と表記されている。

 この『オベリスク』の写真を撮るため事前に食堂車に陣取りシャッターチャンスをうかがう。キロポストを確認しながら何度も練習。寸前に東行きの貨物列車が通過し視界を遮られたのであわやこれまでかと思ったが無事に通過してくれた。

連写のおかげで何とか車窓越しに撮影できた。
DSC_7154 (2) (800x533)

かすかに東側の表示がアジアと読める
DSC_7148 (3) (800x533)

日没は夜の10時頃、日の出は朝の4時前で白夜に近い感じだ。
DSC_7113 (800x533)

DSC_7179 (800x533)



6月12日(水)
 ウラル山脈を越えると車窓もアジアからヨーロッパになったことを感じる。それは丸太小屋のような住宅からレンガ造りの住宅が見え始めたことだ。

DSC_7196 (800x533)

DSC_7219 (800x533)

シベリア鉄等の踏切をよく見ると侵入できないよう鉄板のバリアーが立ち上がっている。
DSC_7197 (800x533)
 
 ペルミの駅で一時停車。駅前の広場はトロリーバス、路面電車、バスなどが発着している。露店ではロシアの飲み物クワスを売っている。八百屋と思しき店で李を購入。

ペルミ駅
DSC_7164 (2) (800x533)

跨線橋を渡らずショートカット
DSC_7231 (800x533)

トロリーバス 
DSC_7170 (800x533)

路面電車は林の中に消えてゆく
DSC_7172 (800x533)

食料を調達
DSC_7167 (800x533)

ロシアの伝統的な飲み物『クワーズ』
DSC_7165 (800x533)

ペルミを過ぎてボルガ川を通過する
DSC_7198 (800x533)

DSC_7200 (800x533)

段々街らしくなってきた
DSC_7203 (800x533)

キーロフを通過して終点モスクワに15時58分に到着。「あ~っ、ついに到着」といった感じだ。
DSC_7240 (2) (800x533)

DSC_7238 (800x533)

モスクワゼロポイント
DSC_7241 (533x800)

DSC_7242 (2) (800x533)

DSC_7246 (2) (800x533)

地下鉄でホテルに向かう。久し振りにホテルで爆睡。
DSC_7247 (800x533)

DSC_7250 (800x533)

   

6月13日(木) 時差調整-1時間(日本とは-6時間)
 18時55分発のフライトまで、モスクワの市内観光。

 ホテルは元モスクワオリンピック選手村、ホテルからの眺め
DSC_7259 (800x533)

DSC_7261 (800x533)

ホテル近くの土産物店
DSC_7263 (800x533)

DSC_7264 (800x533)

ホテル近くの地鉄駅
DSC_7265 (800x533)

地下鉄を利用しクレムリンへ
DSC_7266 (800x533)

DSC_7269 (533x800)

DSC_7270 (533x800)

DSC_7271 (800x533)

DSC_7282 (2) (800x533)

 世界の三大広場といわれる広場は、中国の『天安門広場』、モスクワの『赤の広場』、イラン・イスファハンの『イマーム広場』がある。これらの広場は全て世界遺産である。赤の広場は世界二位の大きさだ。
DSC_7285 (800x533)

DSC_7287 (800x533)

DSC_7298 (2) (800x533)

DSC_7290 (800x533)

 ワシリー寺院は、1551年から1560年にかけて、イヴァン4世(雷帝)が、タタール人のカザン・ハーンを捕虜とし勝利したことを記念して建立した。ロシアの聖堂でもっとも美しい建物のひとつと言われる。1990年にユネスコの世界遺産に登録された。
DSC_7288 (2) (800x533)

DSC_7292 (3) (533x800)

 グム百貨店は赤の広場を挟んでクレムリンの城壁の反対側にある長い大きな建物がグム百貨店である。モスクワの観光名所にもなっている。ソ連時代からの国営百貨店。今は民営のショッピングモールといったところか。
DSC_7293 (800x533)

DSC_7294 (800x533)

  赤の広場にある『レーニン廟』の見学をしたかったが、前日が『ロシアの日』で、大掛かりなイベントがあったため、後片付けのため入館できず残念!。。。ボリショイ劇場前のカール・マルクス公園ではマルクスの巨大な像があった。例によって気難しそうな男の像だ。
DSC_7303 (2) (800x533)

夕刻空港に向かう。モスクワ・ソウル間のフライト8時間45分。
DSC_7306 (800x533)


6月14日(金)
ソウルに9時40分に到着。15時20分の関空行きに乗り継ぐ。そして関空から羽田に。ソウルでの乗り継ぎの便まで時間があり、いろいろ探検。さすがハブ空港なので、仮眠室、シャワールーム、マッサージ室、韓国文化を各種体験できるコーナーなどがそろっていた。
DSC_7307 (800x533)

仮眠室
DSC_7308 (800x533)

マッサージ室の向こうはシャワールーム
DSC_7309 (800x533)

DSC_7311 (800x533)

 関空に17時15分に到着。更に羽田行きのフライトは21時50分発。羽田着は10時50分。帰宅したのは12時を過ぎていた。二日がかりの長ーい乗り継ぎであった。


 今回の旅行で感じたことは、ロシアは巨大な国土を持つ国(1千7百万㎢で日本の45倍)だが、人口が1億4千万人と非常に少ない。車窓から眺めていると人を見かけることはほとんどなかった。また、シベリア鉄道では対向する貨物列車がほぼ5分間毎にひっきりなしに通過することだ。ほとんどが貨物列車でざっと数えていると貨車は70輌ほどである。シベリアにはハイウェーもなさそうなので鉄道は極東とヨーロッパを結ぶ重要な物流機能を果たすシステムと実感。そしてシベリアを体感したのは泊まったホテルは全てスチームが入っており夜間は暖房していた。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Whitedevil

Author:Whitedevil
FC2ブログへようこそ!
2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
07 | 2020/08 | 09
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる