18.01.28-02.03ロシア・タタールスタン共和国旅日記

 ロシアのタタールスタン共和国を旅行。タタールスタン共和国は名前の通り、ユーラシア大陸の東からモンゴル族のジンギスカンの長子ジュチ・ウルスがキプチャク平原を平定した国である。井上靖の小説『蒼き狼』にも登場する。以前から一度訪ねてみたいと思っていた。


1月28日
 成田よりモスクワに向かう、10時間15分の旅。さらに空路でタタールスタン共和国の首都カザンへ1時間半の旅。カザンはモスクワの東方に約1000kmに位置する。時差は6時間だ。

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1月29日(ヴォルガ―ル)
 タタールスタン共和国の首都カザンから約200km離れたヴォルガ川とカマ川の合流点付近にかつて栄えたヴォルガ・ブルガール王国の首都にブルガールの遺跡がある。ヴォルガ・ブルガールは中世にイスラムを国教とした国家の中で最北にあたり、ボルガル遺跡は今も地域のムスリムの巡礼地となっている。ここはユーラシア大陸交易の中心であり、歴史的・宗教的シンボルであるだけでなく、現在のタタールスタン共和国がアピールしている民族的・宗教的多様性の共存のシンボルとしてこの遺跡群が位置付けられている。

 ヴォルガ川は結氷していてどこが川で、どこが陸か判別不能。
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 博物館の入り口。
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 博物館の建物はヴォルガ川の船着き場から入場する場合は地下6階となる。地上からは6階に入館することとなる。
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 博物館の展示品には勇ましい騎士像があった。また、ここにはギネス認定の世界一大きなコーランがある。縦3m、横2mのもので、残念ながら修復中で見ることができなかった。
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 ヴォルガール博物館そばのカテドラルモスクは荒涼とした中で佇んでいた。冬の季節を除くとモスク前に立派な噴水があり、きっと信者を楽しませるのだろう。
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 モスク内にはムハンマドの髪の毛『メモリサイン』が緑色のガラスケースに保管され祀られている。仏教のお寺なら、さしづめ『仏舎利』に相当するのだろう。
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 ケースの中にアルファベットの"C"の時の様に見えるものが、ムハンマドの髪の毛。
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 モスクの中で、イスラムの坊さんが、コーランを唱えている。これは交代制で、毎日24時間休みなく続けられ、モスクのミナレットからスピーカーで流されている。
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 モスクの見学を終わり外に出てみると、日が暮れそうな感じであった。北国の冬の一日は短い。モスクの隣の教会も人影はなかった。
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1月30日(カザン市内)
 カザンに最初の『クレムリン』(城塞を意味する)が建設されたのは11世紀初めのころ。15世紀にはカザンハン国の首都となる。ヴォルガ川とカザンカ川の合流地点にあり水上交通と陸上交通の要衝であった。また、イスラム文化とロシア文化が融合した街でもある。クレムリンの歴史遺跡群(クールシャリフモスク、スンピケ塔、ブラゴヴェンスキー聖堂等)は現在世界遺産に登録されている。また、カザン大学などの教育機関が集積しており、ロシアにおける一大文化都市でもある。カザン大学はかつてレーニンやトルストイも学んだことがあるそうだ、しかしどちらも卒業はしていない。カザン市の人口は120万人程度だが、ロシアでは6番目の都市だ。勿論、憲法もあり、大統領もいる共和国の首都。

 『カザン』という名の地名は「鍋」という意味だそうだ。従い、パルク・ティシャチェレチヤも鍋の形をイメージしたデザインだった。パルク・ティシャチェレチヤの周りには伝説上の動物がジラシドやホワイト・レオパードの像が鎮座していた。 
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 カザン市は2013年にユニバーシアード大会が開催された。2018年のサッカー・ワールドカップの試合も一部このカザンで行われるそうだ。サッカー場の外壁に設置されているスクリーンはヨーロッパ一の大きさを誇るとか。
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 文化的な施設としてはオペラ劇場や人形劇を中心の劇場がある。日本の文楽の様なものか。

 オペラ劇場
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 人形劇場
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 市内中心部には旧タタール移住区を再現した『タタール村』というべきテーマパークのようなものがあったが、なにぶん大雪をかき分け往生しながら見学。
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 いよいよ、歴史建築群であるが、イスラム教のモスクとロシア正教の教会が美しい。

 クールシェリフモスクはディズニーのシンデレラ城を彷彿とさせる。
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 モスクの中は美しく清潔な感じがする。イスラム教の坊さんがコーランを唱えている・
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 クレムリン(城塞)の街は壁に覆われている。あまり人を見かけない。
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 スンピケ塔
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 スンピケ塔は少し傾いている
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 大統領官邸
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 タタールスタン共和国国立博物館には石器時代からタタール時代、ブルガ―ル時代、ロシア時代と様々な物品が展示されていた。どの国でもそうだが、石器時代はシャーマン、そして宗教が発達すれば一神教へ変化する。

 石器時代の道具
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 ヴルガール時代の墓標
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 ヴルガール時代の服装
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 タタール時代の鎧兜は日本のそれとよく似ている。
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 エカテリーナ二世の肖像画
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 エカテリーナ二世の馬車
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 夜はレストランでタタール民族舞踏を見ながら食事。タタール人は東洋系で親しみがわく。
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1月31日(スベイヤズスク島、そしてモスクワへ)
 スブイヤズスク島16世紀にイワン雷帝がカザン攻略の兵站基地として作った島の要塞。かつては陸つながりの山だが今ではヴォルガ川、スヴィヤガ川、シュチュカ川の3つの川に囲まれた島になっている。スヴィヤズスク島は聖母マリアを祀るキリスト教布教の拠点となった島で、被昇天大聖堂(ウスペンスキー寺院)にある馬頭の聖クリストファーのイコンは宗教的にとても価値があるといわれている。世界遺産だが写真はNG。

 ボルガ川の橋の上から眺めた様子 川なのか陸なのか判別不明
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 この島にある被昇天大聖堂と修道院、セントセルギゥス教会、トロツキー教会は世界遺産だ。
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 スベイヤズスク島からカザン市内に戻り、カザンクレムリンから街の中心部まで伸びる繁華街は歩行者天国となっている。道の両サイドには、しかるべき店が並んでいる。然し、風が吹けば歩行者天国から歩行者地獄に一変。頭上には屋上から雪落としをする人が。

 市内に戻る途中、列車を見かけた。
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 市内の歩行者天国
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 屋根から雪落としをする人
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 夕刻、空港に向かいモスクワを目指す。しかし、降雪のためか機材の到着が遅れ、モスクワには1時間程度遅れて到着。 
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 中国からメールでこの日は152年ぶりの、スーパームーンで月食との連絡があり、車窓から写真を撮るがあまりうまくゆかなかった。
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2月1日(モスクワ市内観光)
 モスクワ市内は雪に覆われていた。2日前は天候が荒れ模様でフライトの欠航が相次いだそうだ。当日の市内観光は好天でラッキーといった感じだった。観光は定番の「赤の広場」、「モスクワクレムリン」、「グム百貨店」、「レーニン廟」、「聖ワシリー寺院」、「プーシキン美術館」などである。夜はモスクワ川のナイトクルーズだ。
 
 ホテルのそばの風景 ホテルの窓を開けると寒さを実感する。本当に寒い。
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 クレムリンにある『聖ワシリー寺院』、いつもソフトクリームのようなと、表現される。
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 『赤の広場』は想像より小さい感じがした。
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 レーニン廟はよく見ないと分からない。
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 レーニン廟には厳格なセキュリティチェックの後、クレムリンの壁伝いに進む。途中にスターリンやブレジネフの墓もある。片山潜の墓碑に相当するプレートがクレムリンの壁に貼り付けてある。墓でないのは火葬のためか。レーニン廟は30分ほど並んで入場。中には白黒写真で見たことのあるレーニンがガラスケースの中に横たわっている。こちらも想像より小柄な感じがした。それにしても実際の死体が蝋人形のように横たわっている。鼻の穴や耳の穴までよく確認できる。とても不思議な感じがした。

 レーニン廟はこの道を進んで入る。
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 レーニン廟の向いはグム百貨店
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 赤の広場の奥には国立歴史博物館がある。
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 広場には特設スケートリンクもある。
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 赤の広場はまだクリスマスマーケットが開かれている。因みにロシア正教のクリスマスは1月7日で、ロシア人はクリスマスより新年の方を大事にするようだ。

 クリスマスマーケットの様子、しかし平日なので人出はまばらだ。
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 赤の広場を出ると『マネージ広場』となる。ここにはモスクワを起点とする、いわゆる『原点』がある。日本橋のようなところか。

 マネージ広場
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 ロシアの原点
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 地下鉄の駅は日本とかなり印象が違う。
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 ボリショイ劇場
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 救世主キリスト大聖堂 
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 プーシキン記念美術館とヨーロッパコレクション館に立ち寄る。プーシキン美術館の彫刻は大半がレプリカらしい。画学生や彫刻を学ぶ学生の教材としてヨーロッパにレプリカを発注したそうだ。

 プーシキン美術館
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 美術館内部の立派な赤大理石の階段
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 ペルセポリスの勝利門等のレプリカ
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 館内には小学生と思われる児童たちが教師に引率され課外授業中。
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 本館の隣にあるヨーロッパコレクション館は印象派の作品を中心に展示されていた。なんとなく見たことのある絵が多かったような気がする。こんな時に教養の無さを実感。

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 夜は、モスクワ川でナイトクルーズを楽しむ。川は凍っているのでチョットした砕氷船か。

 クルーズの出発点はラディソンホテル、ソ連時代はウクライナホテルと呼ばれ一般のロシア人は泊まれなかったそうだ。
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 白い建物はロシア連邦政府建物。エリツィン時代に起きたクーデターで建物の半分が黒焦げとなった。
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 オリンピックスタジアム
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 クレムリンの城壁他
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 モスクワ大学
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 2月2日(モスクワ出発日)
 午後のフライトまで時間があるので、モスクワのニューシテーに立ち寄る。ここは金融に特化した街であり、未来都市の雰囲気がある。ロシア政府も力を入れているが、正直なところ閑散とした感じがした。経済制裁の結果か。

 金融街の前を流れる川は結氷している。外は寒そうだ。
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 飛行場の近くには世界初の宇宙飛行士ガガーリンの銅像があった。ロシアでは英雄。
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 モスクワ空港は見慣れない飛行機が多い。 
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 東京行はやはり危惧した通り遅延。
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2月3日(日本帰国)
 今回のロシア旅行は比較的短い旅行だった。往復2日必要なので7日間で中5日が実際の旅行日だ。家人は何もわざわざ寒いときにロシアなんて行かなくてもとあきれ顔であったが、それなりに普通では味わえない旅行だった。とにかく寒かった。
 ロシアは1991年にロシア連邦として成立した。以前のソビエト連邦は解体し、中央アジアを中心に独立国が誕生。然し、独立でなくロシア連邦内で自治共和国となった国も多くチェチェンなどは今でもロシアからの独立運動を行っている。
 ロシアのGDPはブラジルや韓国よりも下の12位に甘んじている。人口も1億4千万人程度で、日本より2千万人多いだけである。ソ連時代のイメージが残っているのか、軍事大国だからか、国連の常任理事国であるためか、多くの日本人は過大評価しすぎているのかもしれない。ロシア人はプーチンを熱狂的に支持しているが、反面、西側諸国と比べゴルバチョフの評価は最低である。何とも不思議な国である。



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2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

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