17.09.19-28バルト諸国・雑感

【バルトの人達】
 『バルト』という言葉の言語の語源について定説はなく、一説ではラテン語の『端、果て』を意味するものと、バルト語の『白い地』を意味するものがあるそうだ。そして、『バルト』は言語学的にはインド・ヨーロッパ語族に属するバルト語派からきている。エストニア語はフィンランド語やハンガリー語と同じウラル・アルタイ語族である。

エストニアの国際列車

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バルト海のクルーズ船

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バルト3国は1990年代に独立を果たすが、それまで社会主義国であったため、同じヨーロッパでも、イタリアやスペインの様な陽気なラテン系の国と違い、口が重く愛想がない感じがする。然し、人権や弱者に対する感情は優しい。そして、将来を託す子供たちは非常に大事に育てられている感じがした。

フィンランドとラトビアの街で見かけた保育園児たち。

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ヴィリニュスの歩行者天国の遊具で遊ぶ子供たち(平日の夕刻)

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同じくピリュニュスで青少年用の屋外施設

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【独立に対する思い】
1988年エストニアの首都タリン郊外の音楽堂には25万人以上の人々が集まり、自由や独立の回復を求めるスローガンで埋まった。武力による抵抗でなく、「歌と共に闘う革命」として有名。

エストニアのタリンにある『歌と踊りの祭典』会場、下はポスターの写真

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1989年、リトアニアのヴィリニュスにからエストニアのタリンまで200万人の人間が手をつなぎ、『人間の鎖』としてロシアに対し独立の示威運動を実施した。この運動は西側諸国に好感をもって評価され支持された。ロシアも無視することができなかったようだ。

リトアニアのヴィリニュスの道路上にある『人間の鎖』のモニュメント。ヴスリニュス~リガ~タリンまでと表示されている。

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バルト3国は嘗てソ連の構成国だったが、ソ連崩壊後にそろって独立した。その後制限された状況下でNATO入りを果たした。1932年に無力だったドイツが、1941年モスクワの戸口に辿りつついたのを、ロシアは目の当たりにしている。ポーランドとバルト3国が加盟したことで、NATOの境界はロシアの心臓部にかつてないほど近づいた。従いロシアにも地政学的な脅威がある。エストニア国境からロシアのサンクトペテルブルクまでの距離は100km程度である。東欧諸国のNATO加盟以前は、ドイツ国境からモスクワまでは1500km以上あった。 
 2017年8月15日の日経新聞夕刊によると『バルト3国 母も脅威に備え』というタイトルの記事が出ていた。民間の予備軍組織(パラミリタリー)の活動が盛んになっているとのこと。隣国ロシアによるウクライナ侵攻を機に危機感が強まり、女性による志願者が膨らんでいるそうだ。『誰もがスキルを身につけ有事に備えよう』ということだ。例えばエストニアは人口130万人で総兵力は6千人足らず。予備軍組織は女性2400人を含む、2万6千人を抱える。
 こちらも15日の日経新聞の記事だが、9月14日、ロシアはカリニングラードとベラルーシで10万人規模の軍事演習を開始した。冷戦後最大の規模であり、NATO加盟国や西側諸国に対する威嚇だ。ロシアの発表では防衛を目的とした軍事演習とのこと。然し、バルト諸国の小国にとってはもし、このままロシア軍が駐留を続ければ脅威である。まさに小国の悲哀である。
 旧ソ連邦を構成していた東側諸国で独立を果たした国の国民はロシアに対して総じて良い印象を持っておらず、脅威を感じているように思う。

【各国の生活】
フィンランド、エストニア、ラトビア、リトアニアの4か国の通貨は全てユーロだ。そのため、物価の比較は簡単であった。フィンランドを除けばバルト3国はあまり変わらないと思うが、若干、南の国に行くほど安くなっていく様な気がした。

1.5Lと5Lのペットボトルの水は、€0.29、€0.49であった。また、1Lと1.5L の向日葵サラダ油は€2.69、€3.99であった (バルト3国はほとんど同じようだ)。

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ガソリンはフィンランドがリッター€1.339でその他3国は€1.02であった。

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もちろん物価は各国の付加価値税が反映されているが、レシートを見る限り 各国20%程度の付加価値税を課していた。
公共交通機関は、エストニアは1日券€3、ラトビアは1回券€1.15、ヘルシンキは24時間券€9であった。
バルト諸国は自由に国境を行き来できるので商品の価格差が大きければ当然、買出しに行くため、価格は収斂され平準化するのだろう。そういえばタリンからヘルシンキに向かうフェリーには缶ビールの箱を担いだ人が大勢いた。

【日本のシンドラー】
エストニアは19世紀から20世紀にかけて、人口が16万人であったが、そのうち7~8万人がユダヤ人で『北のエルサレム』と呼ばれるほどであった。リトアニアのカウナスで日本のシンドラーと言われた杉原領事を顕彰する杉原記念館がある。第二次大戦中に本国の指示に背いてユダヤ人に日本通過ビザを発給し、多くのユダヤ人の命を救った杉原千畝領事を称えたものである。戦後永らく、外務省から除籍処分されていた。イスラエルから何度も杉原領事に対する問い合わせがあったが、そんな職員はいなかったと回答していたそうだ。然し執拗に問い合わせがあったため、隠しおおせなくなり、存在を認めた。その後は杉原領事に対する評価が「日本のシンドラー」と世界的に高まり、外務省は遅ればせながら彼の名誉を回復した。何をか言わんやだ。

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ちょうど76年前の1941年9月23日からナチスによるユダヤ人のポーランドへの連行がここから始まったそうだ。正にその9月23日にヴィリニュスを観光していると城の丘の上にあるゲディミナス塔に半旗が掲げられていた。

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【その他】
・バルト3国で『ヤクザ』という寿司チェーンの店があった。よく聞いてみると日本人の経営でなく、どうもジョージア人が経営しているらしい。タルトウとリガで偶然見つけたのだが、ひょっとしたらもっと多くの店を出店しているかもしれない。生活が豊かになると変わった店での食事が新鮮なのだろう。また、リガのスーパーでは持ち帰りの寿司が販売されていた。日本食が世界文化遺産となったためかもしれない。

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・日本ではバルト諸国は馴染みのない国だが、かの国の人達は日本に対し、非常に好感を持っているようだ。バルト諸国の歴史を見るとロシアの支配を受け、かなりひどい仕打ちを受けた。極東の小国日本が日露戦争に勝利したことは奇跡が起こったような気がしたのではと思う。トルコもそうだが日露戦争の勝利や第二次世界大戦敗戦後の復興などからか、日本に対する好意につながっているのかもしれない。いずれにしても反日ではなく日本に対し好意を持ってくれている国を旅行することは気持ちがいい。

・バルト諸国は街が美しいと感じる。建物の色や高さが統一されているのは当然だが、看板やどぎついネオンなどを見かけない。また、電線は地中化されているのでうっとうしくない。日本も模範にしたいものだ。

・最後にあまり関係はないが、ヘルシンキの市庁舎で、今まで経験したことのない面白いトイレを発見した。手洗い設備があたかも調理台の様な感じがした。

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2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

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