16.06.27ノウゼンカズラ

 タウン誌に、そろそろ海蔵寺、妙本寺、光則寺でノウゼンカズラが見ごろと出ていた。早速、海蔵寺に出かけ、8時半ごろに到着。しかし開場は9時半とのことでUターン。しようがないので妙本寺と光則寺に出かける。妙本寺でも常明院日秀聖人(住職?)さんの本葬儀が行われていたが、気にせずノウゼンカズラを鑑賞。まだ、満開とはいかずチラホラとさいている状態であった。

山門の前にノウゼンカズラが咲いている
ノウゼンカズラ1

ノウゼンカズラ2

ノウゼンカズラ3

本堂では葬儀が行われていた
葬儀1

  光則寺もノウゼンカズラはまだ2,3分先のようだ。しかし、蓮の花は想定していなかったが、きれいに咲いていた。

光則寺山門
光則寺

光則寺のノウゼンカズラ
ノウゼンカズラ

蓮の花
蓮1

蓮2

16.06.19江の島界隈

 今日は曇り空で絶好の散歩日より、江の島界隈まで出かける。片瀬海岸は現在、海の家建設の真っ最中。海の家といえば、昔は葦簀張りで、かき氷、ラムネ、スイカが定番。今は少々おしゃれで、フラッペ、ソフトドリンク、フルーツというらしい。帰路は片瀬海岸にある龍口寺に立ち寄る。ここは月に一度の骨董市(ガラクタ市?)が開催中。

2か月使用の仮設店舗建設
海の家1

完成したころに「海開き」となる
海の家2

海の家3

海の家4


月に一度の骨董市
骨董市1

龍口寺山門
骨董市2

「フーテンの寅さん」の映画に出てきそうな光景
骨董市3

懐かしい手動計算機。昔、会社で経理に配属された時、原価計算で御世話になったことがある。
骨董市4

店主が骨董品のようだ
骨董市5








16.06.14大仏と文学館

 朝早く目が覚めたので久しぶりに高徳院の大仏まで出かける。丁度8時開場に到着したので観光客はいなくて、ゆっくり見学ができた。しばらくすると修学旅行と思われる中学生の集団が来たので早々に立ち去る。

与謝野晶子が"鎌倉の御仏は美男におわす"と和歌でも言っている通り、なかなかハンサムだと思う。しかし、鎌倉の御仏は男ではなく中性だ。従いこれは間違い。
大仏1
大仏2

 高徳院から少し歩いて鎌倉文学館へ向かう。こちらは9時開場なので門前で5分ほど待つ。こちらも観光客はいなかった。テーマとして取り上げられていたのは詩人の萩原朔太郎であった。あまり興味はなかったが、彼は詩人としてではなく音楽家になりたいと思っていたようで、マンドリンを習ったり楽譜を書いたりしたことがあったようだ。その後庭園に廻りバラを鑑賞する。5月11日~6月5日までバラ祭りが開催されていたが、今は残りの花を鑑賞するのみであった。

文学館に至るアプローチはなかなかの雰囲気だ
アプローチ
トンネル

「クイーン・エリザベス」という品種
バラ3

16.06.11広町の田植祭

 今日は自宅近くの広町で田植祭。梅雨の合間の晴れ間で少々暑いが、雨降りよりいいだろう。広町には100人近くの小学生以下の子供で大盛況。日頃は土と親しむことが少ない子供たちは全身泥んこになり大喜び。秋の稲刈りも楽しみだ。

田植の様子
田植1
田植2
田植3
田植4

 広町からハイキングコースになっている山道と森の中を通ると七里ヶ浜の住宅地に出る。そのまま海に向かうと今までとは違う別世界に出る。海岸の駐車場ではフリーマーケットが開催されている。

広町の森を歩く
広町の森1
広町の森2
広町の森3

七里ヶ浜の海岸駐車場でフリーマーケットが開催されていた
フリーマーケット1
フリーマーケット2

 ここからは江の島まで歩いて小一時間だが、今日は腰越漁港までとする。天気がいいのでマリンスポーツが盛んだ。これからいよいよ夏が始まる。



七里ヶ浜から江の島を望む
七里ヶ浜

腰越浜から江の島を望む
腰越浜

16.06.08鎌倉散策

 今日は朝から旅仲間のTさんと梅雨の合間を縫って鎌倉を散策。

【円覚寺】・・・さすがに鎌倉五山第二位の貫禄を感じる。山門をくぐると立派な仏殿がある。仏殿には宝冠釈迦如来座像が鎮座している。天井を仰ぎ見ると前田青邨監修の白龍図がにらみを利かせている。それにしても観光客が多かった。

円覚寺は観光客が大勢来ていた。中には小学校の修学旅行と思われる集団も。
円覚寺

円覚寺仏殿の宝冠釈迦如来坐像
円覚寺宝冠釈迦如来像

円覚寺仏殿天井の白龍図
白龍図

【東慶寺】・・・松が丘御所と別名で呼ばれる駆け込み寺とて有名だが、アジサイだけでなく岩タバコも花を咲かせていた。

東慶寺の山門の両脇はアジサイが満開
東慶寺山門

東慶寺の岩タバコの花は今が見ごろ
岩タバコ
岩タバコ2

東慶寺の花菖蒲
東慶寺の菖蒲

東慶寺のアジサイ
東慶寺アジサイ

【明月院】・・・明月院は別名アジサイ寺とも呼ばれるほどアジサインが多い、そして観光客も勿論多い。

明月院の入り口
明月院入り口

明月院のアジサイ
明月院アジサイ1
明月院アジサイ2

明月院には「鎌倉十井」の一つ甕の井がある
明月院甘露の井

明月院の枯山水
明月院枯山水

【長谷寺】・・・長谷寺はいつも花が絶えることのないお寺だ。しかし、観光客も非常に多く、アジサイを見る小路は整理券が必要。まるで初詣の様な人出。花より人を見る感じ。

長谷寺の山門
長谷寺

アジサイを見るためには整理券が必要
長谷寺順番

長谷寺のアジサイ
長谷寺アジサイ1
波羅寺アジサイ2
長谷寺アジサイ3

【光則寺】・・・長谷寺の近くにある光則寺に立ち寄る。こちらも花の寺として売り出し中。境内の裏山には日朗上人が捕らえられていたという土牢があることでも有名だ。

光則寺の花菖蒲
光則寺花菖蒲

宮沢賢治は熱心な日蓮宗信者であった。この寺には彼の「雨にも負けず・・・」の詩碑がある
石碑




16.05北米大陸横断旅行 1

 5月10日から高校時代の友人O君とバスと鉄道によるアメリカ大陸横断の旅に出かけた。古希を過ぎても、会うと途端に半世紀前の青春時代にバックトウザヒゥチャ―。友達とは一生モノの宝物だ。バス走行距離5700km、鉄道走行距離1010km合計6710kmの長旅。

【ロサンゼルス~ラスベガス450km】・・・成田から約10時間のフライトでロスに到着。さっそく時間を16時間戻し、西海岸のサマータイムに合わせる。日付も1日遅らせる。
 ロスの定番観光地、ハリウッド、マリナデルレイ、サンタモニカを訪れる。ルート66は1926年にシカゴからロスのサンタモニカまでの3755kmのハイウエーでモータリゼーションの先駆けとなった。ジョン・スタインベックは「怒りの葡萄」でルート66を「母なる道」と名づけた。また、米TVドラマ「ルート66」は、2人の若者が冒険を求めてハイウエーをひた走るロードムービーで爆発的な人気をよんだ。その主題歌「ルート66で行こう "Get your kicks on Route66"」はナット・キング・コール、ローリング・ストーンズらが演奏し、今なお人々に歌いつがれている。第二次大戦後のアイゼンハワー大統領の時代にフリーウェーの整備が行われ、このルート66は1985年に廃線となった。

サンタモニカの「ルート66」終着点の標識
サンタモニカの標識

サンタモニカ海岸、如何にも絵になりそうな感じ
サンタモニカの海岸

ハリウッドにあるアカデミー賞授賞式の会場となるドルビーシアター
アカデミー賞授賞式会場

ハリウッドの歩道になぜか「ドナルド・トランプ」
なぜかトランプ


【ラスベガス~グランドキャニオン450km】・・・ラスベガスはホテル・ルクソールに宿泊。このホテルはカジノが中心なのでホテルとしてはイマイチ、ルームキーに不具合があり三度取り換えてもらった。朝食会場に行くには、どうしてもカジノの中を通らねばならず、カジノでお金を落とす仕組みになっている。朝食を食べに出かけたところ、大勢の人をカジノで見かけた。多分徹夜でギャンブルに興じていたのだろう。

ホテル・ルクソールは古代エジプトのピラミッドやスフィンクスを模倣しているホテル

ラスベガスでひときわ目立つ「トランプタワー」
トランプタワー


 ネバダ州のラスベガスからアリゾナ州のグランドキャニオンに向かう。途中、大恐慌対策としてルーズベルトが提唱したニューデーㇽ政策のフーバーダム(コロラド川でネバダ、アリゾナの州境)で出来た人造湖のミード湖を通過する。また、ルート66の面影の残るセリグマンを通過する。このセリグマンは「ルート66をこのまま無くしてしまってはいけない!」という町の床屋さんのエンジェルおじさんと、アイスクリーム屋さんのホアンおじさんの2人が努力しルート66保存運動をしている。全米から「ルート66」のフアンがやって来るそうだ。

エンジェルおじさんの博物館のような床屋
エンゼル伯父さんの床屋

床屋の椅子に座らせていただく
床屋の椅子

店の前のどこまでも続く旧ルート66
どこまでも続く道


 セリグマンから更にバスでグランドキャニオンへ。グランドキャニオン国立公園 (Grand Canyon National Park) はアメリカ合衆国の最も古い国立公園の1つでありアリゾナ州北西部に位置している。公園内には、コロラド川の峡谷であるグランドキャニオンがあり、これは大自然の驚異の1つである。この公園は1,902 mi² (4927 km²) の面積を占めている。アメリカの国立公園の父といわれるステファン・マーサーの顕彰碑が立っている。

グランドキャニオン国立公園の入り口
グランドキャニオンの標識

アメリカの「国立公園の父」と呼ばれるステファン・マーサーの顕彰碑。他の国立公園でも見かける。
ステファン・マーサー

壮大なグランドキャニオン。壮大さはカメラに収まりにくい。地球の大きな割れ目だ。
グランドキャニオン3

グランドキャニオン1

グランドキャニオン2

翌朝、朝陽を見るためにグランドキャニオンを訪れる。まさしく、厳かで「御来光」の感じ。
グランドキャニオンの朝日

ここにもエルク(ヘラ鹿)がいた
エルク1

馬ほどの大きさのエルク
エルク



【グランドキャニオン~モニュメントバレー300km】
 アリゾナ州からユタ州に入る。メサといわれるテーブル形の台地や、さらに浸食が進んだ岩山ビュートが点在し、あたかも記念碑(モニュメント)が並んでいるようだ。古くからナバホ族居住地域で、居留地となった現在では、その一部はナバホ族管轄の下で一般に公開されており、「ナバホ族の聖地」とも呼ばれている。ナバホ族の居留地なので国立公園にはならなかったそうだ。そして様々な西部劇の撮影にも使われ、どこかで見たような光景であった。ユタ州に入り山岳部時間として時差を1時間早める。

ナバホ族の交易所で先住民の手作りグッズを販売している
ナバホ族の交易所

典型的な岩山ビュート
典型的なビュート

典型的な台地メサ
典型的なメサ

ジョン・ウェインが活躍する映画「駅馬車」で見たような光景
駅馬車の光景

ジョン・フォード監督が撮影中に使用した住宅
ジョンフォード・フォード

映画「フォトレス・ガンプ」でトム・ハンクスが最後に走るシーンはここで撮影したという
フォトレスガンプ

【モニュメントバレー~コーテス200km】・・・モニュメントバレーからコロラド州コーテスに向かう途中にフォーコーナーズに立ち寄る。ここは時計回りでコロラド、ニューメキシコ、アリゾナ、ユタと4州が90度で交わっている所だ。この地域は鉱物資源が豊富であり、特に日本に投下された原子爆弾の材料が採掘されたウラン鉱山が存在する場所としても知られている。

フォーコーナーズの説明プレート
4コーナー1

フォーコーナーズの中心点で両手両足を使って指し示す。定番の写真ポイントらしい
4コーナー2

トイレは汲み取り式。アメリカにもバキュームカーで処理するトイレがあるのでビックリ
バキュームカー


【コーテス~メサベルデ50km】・・・メサベルではコロラド州南西部に位置する。プエブロ・インディアン(モンゴロイド系)のアナサジ族の残した断崖をくりぬいた一連の集落遺跡群で、現在国立公園になっている。また、世界遺産にも登録されている。スペイン語で、緑の台地という意味。メサヴェルデは211 km²の地域を占めている。この入口は コーテスの町の東に位置している。アナサジ族の遺跡は紀元1200年頃(鎌倉時代ころ)のもので外の世界との交流がなかったため、さながら縄文時代の遺跡のようだ。外敵から防御するためなのか断崖絶壁に造られており、出入りが大変と思う。信じがたいことだが、アナサジ族の人々の身長は90cm足らずで、いつ頃この世界から姿を消したかわからないそうだ。

メサベルデ国立公園のプレート
国立公園の碑

メサベルデの住居跡。丸い風呂桶状の物は会合に使用したといわれている
メサベルデ

断崖絶壁をくり貫いて造った住居跡
メサベルデ2

メサベルデの当時の生活を表わしたジオラマ
ジオラマ




16.06.01伊能忠敬記念館

 千葉県佐原市に出かける。佐原市は江戸時代に霞ケ浦の水運を利用し北総地帯の物流のかなめとして栄え、小江戸とも呼ばれていた。今でも当時の醸造業(酒、醤油、味噌)などが残っている。街並みも運河を中心に江戸、明治の面影を残している。
 また、伊能忠敬の故郷でもあり、「日本地図」誕生の地でもある。今回、「伊能忠敬記念館」を訪れた。忠敬は1745年生まれで、ちょうど私より200年年長だ。佐原の名主・村方後見人を務め、家業では醸造業を営んでいた。49歳の時に家督を息子に譲り隠居。そして50歳で江戸深川に住み、天文方「高橋至時(よしとき)」に入門、天文学や測量技術を学ぶ。余談だが幕末のシーボルト事件で日本地図を外国に渡そうとした高橋親子は処罰され、死罪となっている。またこの件の密告者は間宮林蔵といわれている。
 人生50年と言われた時に、50歳から新しいことを学ぼうとする姿勢には驚く。そして55歳になって東北・北海道南部の第一次測量を実施、その後58歳の第4時測量まで行った。勿論、自費である。そして、59歳の時に正式に幕府に登用され、日本地図の作成に取り掛かる。その後、71歳の第10次測量まで行っている。現代人に置き替えれば、100歳近い年齢ではないかと驚く。
記念館には、彼の死の3年後1821年に弟子たちが完成した「大日本沿海與地全図」(大図214枚縮尺1/36,000、中図8枚同1/216,000、小図3枚同1/432,000)のほか、測量ごとに作った地図や名勝地を描いた物などがある。いずれの地図も現在の実測図と比べて経度については若干の差異があるものの、緯度についてはほとんど差異がなくそん色はない。伊能図や測量器具などが国宝に指定されている。シーボルトなどのヨーロッパ人が、この地図を見て極東の日本はどのような国と見ていたのか興味がある 五月晴れで、久しぶりにアカデミックな一日であった。

佐原の街並み
佐原の街並み

 伊能忠敬旧宅前にある、小野川にかかる橋。もとは江戸時代の前期につくられた佐原村用水を、小野川の東岸から対岸の水田に送るための大樋。300年近く使われ、戦前にコンクリートの橋になってからも橋の下側につけられた大樋を流れる水が、小野川にあふれ落ちて「ジャージャー」と音を立てるので、「じゃあじゃあ橋」の通称で親しまれる。今の橋は観光用につくられたもので、30分ごとに落水。この樋橋の落水は「残したい日本の音風景100選」に選ばれている。
ジャジャ橋

伊能家旧宅
忠敬の旧宅

東薫酒造の工場
東薫酒造


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2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

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