16.02.27フランドル絵画について

 ヨーロッパから帰宅後、ちょっと気になり、フェルメールとレンブラントの絵を調べてみた。ハーグのマウリッツマイス美術館所蔵 フェルメール「青いターバンの女」は肖像画と思ったが、これは肖像画ではなく17世紀にオランダで流行した「トローニー」と呼ばれるものらしい。そもそもトローニーとは歴史画などの大作を描くために描かれるキャラクター研究のためのものだそうだ、従い、肖像画がでないためモデルはいないそうだ。
青いターバンの女

 こちらもフェルメールの絵であるが、アムステルダム国立博物館所蔵の「牛乳を注ぐ女」は風物画としてメイドを主役として描いた唯一の作品である。がっしりとした体形で素朴そうなメイドである。固くなったパンにミルクを注ぎ調理している。食材を無駄にしないように家事にいそしんでいる。一見、雇い主に忠実なメイドを称賛しているようだが、実は称賛されているのは雇用主の女主人だそうだ。当時はメイドの管理監督は主婦の大事な仕事だった。
牛乳を注ぐ女

 こちらもアムステルダム国立博物館所蔵のレンブラントの代表作「夜警」であるが、「夜警」というタイトルは通称で、本当は「隊長フランス・パニング・コックと副官ウィレム・ファン・ラウテンブルグ市警団」が正しいそうだ。この時代絵のタイトルはなかった。一般的には19世紀になり絵にタイトルが付けられるようになったとのこと。そもそも「夜警」が通称になったのは、この絵が時間を経てニスが褐色化した結果、夜の場面を描いたようになったそうだ。もともとコントラスのの激しいタッチの作品なので黒くなると何が描かれているのかわからなくなり、この通称が一般化した。もとは昼間の絵。
レンブラントの夜警

 これもレンブラントの出世作として有名な、ハーグのマウリッツマイス美術館所蔵の「二コラース・テュルブス博士の解剖学講座」であるが、外科医組合の発注を受けて制作した集団肖像画である。この講義の場所は大学ではない。当時、解剖学の講義は年に一度だけ許されていた冬の社交イベントで外科医だけでなくアムステルダムの名士も参加したそうだ。実際に解剖しているのでなく集団肖像画を書くために集まっているのが真実。余談であるが、実際に解剖する場合は最初に腐敗する腹部から始めるのが正式とのこと。
解剖学講座



16.02.16-23ドイツ

 ドイツは357021㎡の国土(日本の94%)、8100万人。ヨーロッパ随1の大国である。今回はベネルックスの国境近くの都市を巡った。
 東西ドイツに分裂のころはボンが西ドイツの暫定首都であった。人口30万人足らずの小さな文教都市で行政関係の建物となどは必要最小限度にとどめていたようだ。また、ベートーベンやシューマンの生誕地でもある。もし、フランクフルトなどを暫定首都にしていたら東西統合後は首都をベルリンに移転できなかったかもしれない。賢明な選択であった。今も静かな学園都市である。
 
ボンの市庁舎
ボンの市庁舎
ボンの大学キャンパスは広くて静か
大学のキャンパス
ベートーベンの像 その後ろは郵便局の建物
ベートーベンと郵便局
ベートーベンの住んでた家 内部は立派な3階建てで中庭もある
ベートーベンの家

 アーヘンは古代ローマ時代から温泉保養地として有名であった。8世紀末にフランク王カール大帝がここに王宮を置き事実上の首都として機能する。歴代のドイツ皇帝や神聖ローマ皇帝がアーヘンにある大聖堂で戴冠式を行っている。アーヘンの大聖堂はドイツで最初のユネスコの世界遺産でもある。

アーヘンの大聖堂
アーヘンの大聖堂
アーヘンの飲料用温泉水
アーヘンの温泉

 ケルンは古代ローマ時代からの都市である。ケルンとはコロニー(植民地)の意味で、またオーデコロン(ケルンの水)の発祥の街としても有名だ。この街の大聖堂は二つの塔を有しゴチック建築の典型としても有名だ。この聖堂のすべてが完成する1880年まで632年の歳月を要している。スペインのサグラダファミリア教会の完成予定144年の4倍以上の歳月だ。この大聖堂は高さが157mあり1884年にアメリカのワシントン記念塔ができるまでは世界一の高さを誇った。勿論世界遺産である。見学の当日は霙が降る悪天候であったが、約100mの高さまで5百数十段の螺旋階段を登ると金網越しにライン川とケルン市内を眺めることができた。

ケルンの大聖堂
ケルン大聖堂
ケルンの大聖堂ライトアップ
大聖堂夜景
大聖堂内にある鐘
鐘
展望台から大聖堂の先端を見る
尖塔
大聖堂の教会内部
大聖堂内部 (800x533)
大聖堂のステンドグラス
ステンドグラス
大聖堂の展望台から金網越しにライン川を見る。眼下の橋はホーエンツォルレルン橋
金網越しライン川
ライン川の対岸からケルン大聖堂を眺めるライン越しのケルン大聖堂
有名なオーデコロン「4711」の本社
オーデコロン

 コブレンツはライン川沿いの街でワインの産地としても有名ある。ローマ時代からの古都だが、戦災を受け歴史的建造物はあまり残っていない。ドイチェス・エック(先端という意味)というライン川とモーゼル川の合流する場所にドイツ帝国初代皇帝のウィルヘルムⅠ世の騎馬像がある。こぬか雨が降っていたためか観光客はいなかった。近くの公園では雨の中、数名の幼児がブランコに乗って遊んでいる。それをそれぞれの母親が見守っている。ヒトことながら風邪でもひかないかと心配だが、大きなお世話かも知れない。

コブレンツから対岸のライン川を見る 護岸の「592」はライン源流からの距離
コブレンツ・ライン川
ドイチェスエックとは先端という意味 左がモーゼス川、右がライン川
ドイチェスエック

 ケルン、ボン、コブレンツとライン川をさらに遡上するとリュ―ですハイムに至る。この辺りのライン川中上流渓谷は世界遺産。ラインの真珠と讃えられるそうだが、ワインの産地として知られる街。長さ150mの通り「ツグミ横丁」はドイツ版「居酒屋横丁」といったところ。シーズンオフなので多くの店がクローズしていた。しかし美しい街だ。

リュ―ですハイムのツグミ横丁
ツグミ横丁
リュ―デスハイムの街かど どれも典型的なドイツ建築
街角1
リューデスハイムの街かど 典型的なドイツ建築
街角2
リューデスハイムのライン川に面した建物 
街角3

 フランクフルトから西に向かい、ルクセンブルグの国境近くのトリーアは古代ローマ時代からの都市である。今も古代遺跡の世界遺産ポルタ・ニグラ(黒い門)がある。

トリーアのポルタ・ニグラ(黒い門)
黒い門表
ポルタ・ニグラの裏側
黒い門
トリーア大聖堂
トリーア大聖堂
トリーア大聖堂内部
大聖堂内
トリーアの街並み
トリーア街並み


16.02.16.-23ベルギー

 ベルギーは面積30,528㎡(近畿地方相当)、人口1060万人、EU本部がある。
 首都のブリュッセルの中心街のグランプラス広場は世界遺産である。ブリュッセルは昨年末パリで起きた多発テロ事件の容疑者のアジトがあったことでも有名になった。そのためか自動小銃を携えた警備の兵士を見かけた。チョット無粋で艶消しである。ブリュッセルの市庁舎やギルドハウス、ブラバン公の館などに囲まれたグランプラスを文豪のビクトル・ユーゴが「世界で一番美しい広場」と形容した。夜はライトアップをしていて美しい。また、この広場には名物のチョコレートやワッフルを販売している店が多く、観光客でごった返している。グランプラスの北東にはヨーロッパ最古の、かつ最も瀟洒なアーケードの一つといえるギャルリー・サンチュベールがある。1847年の竣工なので、かつての栄華がしのばれる。近くの交差点には有名な「小便小僧」(1619年)の像があり、当日は衣装をきせられていた。期待するほど大きくもなく、美しくもないため、「世界の三大ガッカリ」というそうだ。他の二つはシンガポールのマーライオンとコペンハーゲンの白鳥像とのこと。5分程度のところにしゃがんで用を足している「小便小娘」というべきジャンネケ・ピスという像があるそうだ。これは1987年にがん撲滅運動を目的として建てられた。

グランプラス広場にある市庁舎
市庁舎
市庁舎夜景
夜景
グランプラス広場のギルドハウス
ギルドハウス
グランプラス夜景
広場夜景
グランプラスにつながるギャルリー・サンチュベール
ギャルリー・サンチュベール
グランプラスに至る街並み
グランプラスにいたる街並み
ノートルダム寺院
ノートルダム寺院
ノートルダム寺院の夜景
ノートルダム寺院夜景
証券取引所
証券取引所
有名な小便小僧 当日は衣装を着けていた
小便小僧
街を警備する兵士
警備兵2
同じく警備する兵士
警備兵1

 ブリュセルの北東にアントワープがある。児童文学の「フランダースの犬」の舞台になったノートルダム大聖堂はここにある。イギリスの女流作家ウィーダがノートルダム大聖堂のルーベンスの絵を見るためこの寺院を訪れ、その後創作したそうだ。児童文学には珍しく悲劇的な結末である。おじいさんを亡くし身寄りのない少年ネロと愛犬パトラッシュがルーベンスの絵を見るため教会で凍え死ぬ話について、ベルギー人は優しいのでこのような悲劇が起こる前に解決するだろう。これは意地悪なイギリス人が創作したものだと納得しないそうだ。宗教観の違いかキリスト教徒が天国に召されることは悲劇でなくハッピーエンドに近いものかも知れない。教会の中にはルーベンスの四大傑作「キリスト昇架」「キリスト降架」「キリスト復活」「聖母被昇天」がある。

アントワープの街並みアントワープ街並み
アントワープ・ノートルダム大聖堂
アントワープ ノートルダム大聖堂
大聖堂内部
アントワープ ノートルダム大聖堂内部
ルーベンス 「キリスト降架」
ルーベンス キリスト降架
ルーベンス 「キリスト復活」
ルーベンス キリスト復活
グルン広場
グルン広場
ルーベンスの家 旗の立っているレンガ造りの建物
ルーベンスの家

 ブリュッセルから北西に100km程度行ったところにブリュージュという北海沿岸の街がある。この街はハンザ同盟の主要都市で中世の面影を残す有数の古都である。運河沿いに囲まれた歴史地区全体が世界遺産。運河の景観の美しさは「屋根のない美術館」と称されるそうだ。運河をボートで巡ればさらに別の視線で見ることができるが、残念ながら当日は小雨の降る天気。街にはベギン会修道院が今でも身寄りのない未亡人を収容しているそうで、なんとなく優しい雰囲気。

ブリュージュにある ベギン修道院
ベギン会修道院
ブリュージュの街並み
ブルージュの街並み
ブリュージュの運河
運河1
運河の風景
運河2
ブリュージュの市庁舎
ブルージュ市庁舎
市庁舎に至る街並み
街並み


 ブリュージュ街から約50kmほどブリュッセルに戻った所にゲントという街がある。この街は神聖ローマ皇帝カール5世の生誕の地である。ここは北海から直接運河が通じており中世から商業が発達し、街は至る所に世界を制覇した王のエピソードに出くわす。ブリュージュと比べるとこちらは男性的な雰囲気の街である。

ゲントの市庁舎
ゲントの市庁舎
ゲントの運河
ゲントの運河
フランドル伯居城
フランドル伯居城 
ゲントの街はトラムが走る
ゲントの街にトラムが走る
ゲントのベルフォート
ベルフォート
大聖堂内部
聖堂内部
ゲントの鐘楼
ゲントの鐘楼


























16.02.16.-23オランダ

 オランダの面積は41.864㎡(九州相当)、人口1640万人。江戸時代、キリシタンは禁止されていた。カトリックと違いプロテスタントのオランダ人は長崎の出島で唯一西洋人として受け入れられていた。常時、十数名滞在していたようだ。この人達の存在が江戸期の日本文化に重大な影響を与えた。杉田玄白の解体新書(ターヘルアナトミア)がその代表だろう。日本は蘭学から近代化が始まった。
 オランダについて思い浮かべるのは“ケチ”といったマイナスイメージが多い。Dutchの付く単語はDutchaccount、Dutchwifeなどロクなものがない、しかし、”合理的”であることは間違いないだろう。オランダ人が誇るべきものは、彼ら自身が造成してきた国土だ。オランダ人は自らの努力で国土を造り、そこで小麦を育て、羊を飼った。また、船を造って遥か外洋に出かけ、地球の遥かな他の地域より貨財を買ってきてヨーロッパで売り、富をなした。そして常に商工業者が主で「市民社会」であった。国土の40%が海抜0m以下である。
 アムステルダムとはアムステル川の堤防という意味。市内は縦横に運河が通り、運河沿いの建物は間口の広さによって税金が取り立てられたため、ほとんどの建物は間口が狭い。そのため建物の軒下には荷物を吊り上げるためのフックがつけられている。今でも家具などは玄関から入れられないため、このフックを使い窓から入れるそうだ。運河は世界遺産。

アムステルダム運河沿いの住宅
運河沿い住宅
運河の奥に見えるのは「マヘレの跳ね橋」
マヘレの跳ね橋
街の一角にあるチーズ屋さん
チーズや
北海沿岸で捕れたニシンの燻製 一尾3ユーロ
ニシンの燻製

アムステルダムにある国立博物館は最近修復工事が終了し様々な展示品を見ることができる。特にレンブラント、フェルメール、ゴッホなどの著名な作品が展示されている。オランダらしいと感じた作品はレンブラント「夜警」である。オランダは市民社会なので教会や貴族の様なリッチなスポンサーがいないため、個人の肖像画の代わりに集団の肖像画を書いたそうだ。勿論、書いてもらった人は割り勘である。

アムステルダム国立博物館所蔵 レンブラント「夜警」
レンブラントの夜警
アムステルダム国立博物館所蔵 フェルメール「牛乳を注ぐ女」
牛乳を注ぐ女
アムステルダム国立博物館所蔵 フェルメール「手紙を読む女」
手紙を読む女
アムステルダム国立博物館所蔵 ゴッホ「自画像」
ゴッホの自画像
 アムステルダム郊外は未だに風車が現役で働いている。以前は水を掻い出すポンプの役目であったが、今は小麦をひいたり、絵の具の顔料をひいたりしていた。

アムステルダム郊外のザ―スセスカンスにある現役の風車
風車
現役の風車

風車の内部は意外と大きな碾き臼がある
風車の内部

 アムステルダムは首都だが、国会、政府諸官庁、王宮、ハウステンボス(森の館)そして国際裁判所はハーグにある。また、フランドル絵画の名画が収蔵されているマウリッツマイス美術館もここハーグにある。国会議事堂は13世紀にホラント伯によって建てられた建物で左右に尖塔を持つゴチック建築。しかし、自転車で通過してゆく人もいる、いたって自由な感じがする。やはり市民社会。周りにはホフ池があり水鳥が泳いでいる。

ハーグにあるオランダの国会議事堂
国会議事堂
国会議事堂傍のホフ池
ホフ池
ハーグのマウリッツマイス美術館所蔵 レンブラント「テュルブ博士の解剖学講座」
解剖学講座
ハーグのマウリッツマイス美術館所蔵 フェルメール「青いターバンの女」
青いターバンの女

16.02.1-23ルクセンブルグ

  ルクセンブルグは面積2586㎡(神奈川県相当)、人口47万人。多分、自転車で走っていると知らない間に外国に行けそうな国である。国の正式名称は「ルクセンブルグ大公国」で立憲君主国家である。小国の悲哀で近隣諸国からの侵略を受け国土は1/3程度となった。しかし、大国に翻弄される農業国が第二次大戦後、グッドイヤー、デュポン、モンサントなどを誘致したのを足掛かりにアルセロールに代表される鉄鋼業が経済をけん引。アルセロールは世界首位の鉄鋼業として売り上げを誇っている。オイルショックを機に産業の構造転換を図り金融サービス業を始め第三次産業がGDPの80%を占めるに至った近年は金融サービス業がスイスに匹敵する規模となっている。従い一人当たりのGDPは世界首位を続けている。経済成長率も4~5%と先進国ではずば抜けて高い。ルクセンブルグ市の街全体が世界遺産である。

ルクセンブルグのノートルダム大聖堂
大聖堂
大聖堂の内部
大聖堂内部
1903年に架けられた有名な「アドルフ橋」は残念ながら補修中
アドルフ橋
アルデンヌのジークフリート伯爵が築いたボック要塞
ボック






16.02.03長谷寺節分会他

 節分とは、季節の分かれ目という意味で、旧暦では、四季の初めの日をそれぞれ、「立春、立夏、立秋、立冬」と呼んでいた。節分はこれらの日の前日をさし、古い暦では、立春が新しい年の始まりと考えられていたため、後に、立春の前日だけを特別に節分と呼ぶようになったそうだ。鬼は鬼門の丑寅の方角(北東)をさし、そして、この邪気を払う。道理で鬼は牛の角と寅のパンツをはいている。
 ということで長谷寺の豆まきに出かける。ゲストとして高砂部屋の力士二名と見たことも聞いたこともないタレントが豆まきをする。所詮、メジャーな成田山新勝寺とは異なる。

高砂部屋1

高砂部屋2

 長谷寺は別名「花の寺」と呼ばれるだけあり、季節の花である梅は蝋梅、紅梅、白梅とそれぞれ見ごろであった。また、ミツマタもそろそろ花が咲きそうな気配。

蝋梅

紅梅

白梅

三俣


 ついでに近くの鎌倉文学館に寄ってみる。展示テーマは「作家身のまわり」で収蔵品展が開催中。展示品の写真撮影はNG。作家であるので筆記用具が中心。ほとんどの作家はパーカーやモンブランを愛用していたようだが、「丹下左善」の作家、林不忘は国産パイロットを愛用。

鎌倉文学館

 帰路、現在保存修理中の高徳院の大仏を覗いてみるが、3月11までが修理期間中、すべてテントで囲われていて何も見えない。春まで待つことにする

大仏





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Whitedevil

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2011年秋に完全リタイアー。現在は毎日が日曜日の素浪人。そして地球の何処かを徘徊中。

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